13章から、神様はいくつかの国に対して裁きを宣言し始められました。
最初に、神様はバビロンを裁かれました。そして、バビロンの裁きを通して、将来の世界の裁きの絵を見ることができます。
イザヤはこう書きました。
見よ。主の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。
天の星、天のオリオン座は光を放たず、太陽は日の出から暗く、月も光を放たない。
わたしは、その悪のために世を罰し、その罪のために悪者を罰する。不遜な者の誇りをやめさせ、横暴な者の高ぶりを低くする。
わたしは、人間を純金よりもまれにし、人をオフィルの金よりも少なくする。
それゆえ、わたしは天を震わせる。万軍の主の憤りによって、その燃える怒りの日に、大地はその基から揺れ動く。
追い立てられたかもしかのように、集める者のいない羊の群れのようになって、彼らはおのおの自分の民に向かい、おのおの自分の国に逃げ去る。(イザヤ書13:9-13)
「10節を読んだことがあるかなぁ」と思うなら、多分そうです。最後の日について話された時に、イエス様はこの箇所を引用されました。(マタイ24:29)
そして、イザヤははっきりと言いました。「神様の忍耐は永遠に続かない。」
今、私たちは恵みの時代に生きています。ペテロはこう記しました。
主は。。。あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(第二ペテロ3:9)
しかしペテロはこれも言いました。
主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。(第二ペテロ3:10)
イザヤの言葉も私の心を打ちます。つまり、「残酷な日」、「憤り」、「燃える怒り」、「荒れすたらせる」、「根絶やしにする」と「罰する」。
私たちはよく神様が愛であると思います。それはその通りです。とはいえ、神様は正義の神でもあります。そして、正義の神は結局罪を裁かなくてはなりません。
時々、私たちは神様がその裁きに関して遅いと思います。しかし、神様ははっきりと言われます。「裁きの日が来る。」
神様は、バビロンとその王にその警告を宣言されました。また、神様は私たちにも警告されます。
あなたは裁きの日のために準備しているでしょうか。神様があなたの罪を無視されると思わないでください。また、神様があなたの罪に気づかないと思わないでください。
神様は、すべての人々の罪を裁かれます。あなたの悪い行動、あなたの悪い言葉、あなたの悪い態度、あなたの悪い思いを全部裁かれます。
その日は必ず来ます。そして、あなたはその日から逃れることはできません。
私たちの希望は一つしかありません。まだ時間があるうちに、神様の赦しとあわれみを求めることです。その時間は今です。
パウロはこう記しました。
確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。(第二コリント6:2)
今、そうしませんか。
