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ミカ書

平和を与える方

ミカ書5:1-5

平和。

あなたは平和を得るために、どれほどの代価を払うつもりですか。ミカの時代、多くのイスラエル人がそのように考えていたかもしれません。

現代でも、多くのユダヤ人が同じように考えているかもしれません。

この箇所では、ミカはエルサレムの崩壊について預言しました。その日、ユダの王が打たれ、倒れます。

とはいえ、ミカが伝えたのは、それがイスラエルの終わりではないということです。むしろ、ミカはこう言いました。

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。(ミカ書5:2)

もちろん、これはイエス様についての預言です。ヘロデ王がメシアがどこから来るのかを尋ねたとき、祭司たちと律法学者たちはこの箇所を引用しました。(マタイ2:6)

ミカはイエス様についてこう預言しました。

彼は立って、主の力と、彼の神、主の御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう。今や、彼の威力が地の果てまで及ぶからだ。(5:4)

5節では、英語の翻訳と新改訳は少し異なります。実は、この箇所では、日本語のリビングバイブルと英語の翻訳が一致しています。このように書かれています。

その方は私 たちの平和となる。(5)

ミカ時代のイスラエル人は、この言葉を聞いて慰めを受けたかもしれません。なぜなら、彼らは長い間トラブルを経験してきましたが、平和を与える方が来るという希望があったからです。

皮肉なことに、イエス様は来られました。しかし、イスラエル人は平和を与える方を受け入れず、十字架につけてしまいました。

今でも、人々はあまり変わっていません。

どれほど私たちは、恐れと痛みと戦っているでしょうか。どれほど私たちは、平和を望んでいるでしょうか。それにもかかわらず、私たちは平和を与える方を拒絶します。私たちは、自分の心の王座をイエス様に捧げることを拒否するのです。

ある日、イエス様は再びこの世に戻られます。その日、イエス様はこの世を治め、すべての人々が平安のうちに住むようになります。

しかし、もし私たちが今、自分の心の王座をイエス様に捧げるなら、どんなトラブルがあったとしても平和を得ることができます。たとえ周りに多くの苦しみがあったとしても、私たちの魂は平安を保つのです。

2000年前、イエス様がエルサレムのために泣かれたように、イエス様は私たちのために涙を流されます。イエス様はこう言われました。

ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。(ルカ13:34)

それで、エルサレムはどうなりましたか。

見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。(ルカ13:35)

今でも、その結果は変わりません。もしイエス様に背を向けるなら、私たちの人生は荒れ果てたままとなり、希望や平和を全く知らないままとなってしまいます。

あなたはどうでしょうか。希望がないと感じていますか。人生に意味がないと感じていますか。平和がないと感じていますか。その解決は、2000年が経っても変わることはありません。それはイエス様です。

イエス様はあなたを抱きしめ、あなたに平和と希望、そして人生の本当の意味を与えたいと願っておられます。

あなたの人生をイエス様に捧げてみませんか。

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