信頼関係が破れると、その修復は非常に難しいものとなります。浮気によって心に傷を負った人々は、その事実を深く理解していることでしょう。
時として、信頼関係が破れると、他の人々を信頼することさえ困難になります。「この世で一体誰を信頼できるのだろうか」と思うこともあるかもしれません。
ミカもそのように感じた可能性があります。彼の国は暴力と不正義に満ちあふれていました。ミカにとって、誰を信頼すべきかわからない状況だったのです。
リーダーたちや士師たちさえも信頼に値しませんでした。なぜなら、彼らには正義への関心が全くなく、むしろ常に賄賂を要求していたからです。
このような堕落はすべての人々に悪影響を及ぼしました。ミカは次のように言いました。
敬虔な者はこの地から消えうせ、人の間に、正しい者はひとりもいない。みな血を流そうと待ち伏せし、互いに網をかけ合って捕らえようとする。。。
彼らのうちの善人もいばらのようだ。正しい者もいばらの生け垣のようだ。(ミカ書7:2,4)
そして、ミカはこう言いました。
友を信用するな。親しい友をも信頼するな。あなたのふところに寝る者にも、あなたの口の戸を守れ。息子は父親を侮り、娘は母親に、嫁はしゅうとめに逆らい、それぞれ自分の家の者を敵としている。(5-6)
それは確かに暗い言葉ですが、その国の中でミカは深刻な堕落を目の当たりにしていたため、そう感じたのです。
私たちも時として同じように感じることがあります。「この世で一体誰を信頼できるのだろうか」と思うことがあるでしょう。
けれども、間違いなく信頼できるお方がおられます。
ミカはこう書きました。
しかし、私は主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。私の神は私の願いを聞いてくださる。(7)
たとえ皆が私たちをがっかりさせても、神様は決してそうなさいません。
たとえ皆が私たちに背を向けても、神様は私たちを決してお見捨てになりません。
たとえ皆が私たちを裏切っても、神様は常に私たちに忠実でいてくださいます。
神様はいつも私たちを見守ってくださっています。
神様は私たちの声に耳を傾け、私たちの祈りを聞き入れてくださいます。
神様は私たちが置かれている状況をすべてご存じです。
だからこそ、私たちは主を仰ぎ見て、主を待ち望みましょう。
主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(へブル13:5-6)
