時々、この世界を見渡すと、全てが混乱しているように感じることがあります。犯罪、戦争、そして天災を目の当たりにすると、「神様は本当にこの世を治めておられるのだろうか」と疑問を抱くことさえあります。
けれども、神様はこう答えられます。「はい、私はこの世を治めており、全てを支配しています。」
この箇所では、神様はペルシアの王クロスについて預言されています。クロス王がいろいろな国々を倒すという出来事が預言されているのです。
しかし、神様が本当に伝えたかったのは、「私はすべてを治めており、この出来事は偶然ではなく、私の計画に基づいているのです」ということです。
そして、神様はイスラエルの民にこう問いかけられます。
だれが、これを成し遂げたのか。初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。
わたし、主こそ初めであり、また終わりとともにある。わたしがそれだ。(イザヤ書41:4)
つまり、神様はこう言われているのです。
「私は永遠です。私は人間の歴史を私の手に持っています。時の始まりから私はおり、時の終わりに至るまで私はいます。」
私たちはこの言葉を聞いた時、どのように反応するでしょうか。それには二つの選択肢があります。
一つ目は、周囲の人々と同じように反応することです。
イザヤは国々について、このように語りました。
島々は見て恐れた。地の果ては震えながら近づいて来た。彼らは互いに助け合い、その兄弟に「強くあれ」と言う。
鋳物師は金細工人を力づけ、金槌で打つ者は、鉄床をたたく者に、はんだづけについて「それで良い」と言い、釘で打ちつけて動かないようにする。(5-7)
多くの人々は、神様の力に触れると恐れを抱くようになります。そこで彼らは互いに励まし合いながら、こう考えます。
「この神をコントロールすることはできない。だからこそ、私たちがコントロールできる神々を造りましょう。」
イザヤの時代には、彼らは金や木材を使って偶像を造りました。
現代においては、多くの人々がお金を自分の神としています。彼らはこう考えるのです。「もし多くのお金を手に入れることができれば、神様に頼らずに、自分自身に頼ることができる」と。
しかし、かつて神様が偶像の虚しさを明らかにされたように、神様はお金の虚しさも明らかにされます。
偶像が未来を預言できないのと同じように、私たちもお金によって将来の安全を保証することはできません。なぜなら、株式市場は時折暴落するからです。また、私たちの投資が思い通りにいかないこともあるでしょう。
たとえ一時的にお金をたくさん儲けることができたとしても、それはすぐに消えてしまうかもしれません。
だからこそ、神様はこれら偽物の神々について、こう言われます。
あなたがたは無に等しい。あなたがたのわざはむなしい。あなたがたを選んだことは忌まわしい。(24)
それでは、私たちの他の選択肢とは何でしょうか。それは、神様に信頼することです。そうすれば、神様はこう言われます。
恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。(10)
また、
あなたの神、主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける」と言っているのだから。
恐れるな。虫けらのヤコブ、イスラエルの人々。わたしはあなたを助ける。。。
見よ。わたしはあなたを鋭い、新しいもろ刃の打穀機とする。あなたは、山々を踏みつけて粉々に砕く。丘をもみがらのようにする。あなたがそれをあおぐと、風が運び去り、暴風がそれをまき散らす。
あなたは主によって喜び、イスラエルの聖なる者によって誇る。(13ー16)
神様が約束されているのは、私たちを決して捨てないということです。むしろ、神様はこう言われます。
「荒野を水のある沢とし、砂漠の地を水の源とする。」(17-18)
さらに、神様は私たちの荒地にさまざまな木を植えてくださいます。(19)
つまり、神様は私たちの乾ききった人生を、美しく豊かなものにしてくださるのです。なぜでしょうか。
主の手がこのことをし、イスラエルの聖なる者がこれを創造したことを、彼らが見て知り、心に留めて、共に悟るためである。(20)
神様はすべてのことを治めておられます。だから、あなたの人生のコントロールを神様にお譲りしませんか。
人生のコントロールを強く握りしめればしめるほど、私たちの歩みは混乱します。でも、神様にそのコントロールを譲るなら、すべてはもっとスムーズに運び、神様の祝福を知ることができます。
誰があなたの人生を治めているでしょうか。
