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エゼキエル書

曲がった正義感

エゼキエル書18:25-29

「神様はフェアじゃない。」

人々がそんなことを言うのは、どこか皮肉なことです。なぜなら、神様は完璧で聖なる方だからです。一方で、私たちの心は罪によって堕落しています。

それでも、堕落した心を持つ私たちは、神様の裁きを批判して「これはフェアじゃない」と口にします。

90年代に、ジェフリー・ダーマーという殺人者がいました。彼の犯罪は非常に酷いものでした。けれども、彼は刑務所にいる間にクリスチャンとなりました。その後、他の囚人によって彼は殺されました。

そして、私はダーマーについてクリスチャンたちの様々な意見を目にしました。

死ぬ前、ダーマーはインタビューで自分の証しを語りました。そのインタビューを見たクリスチャンたちは、彼が本当に悔い改めたと考えました。

けれども、インタビューを見ていないクリスチャンたちは、彼をただのモンスターと見なしました。ある一人はこう言いました。

「神様がそんなに悪い犯罪者を赦すはずがありません。彼が心から悔い改めたはずはない。」

多くの人々はこの最後の意見に同意します。

けれども、そのような人々も、自分の罪によって苦しむ時、神様に文句を言います。「神様、どうして私を罰しているのですか。」

しかし、彼らはそのように文句を言いながら、自分の責任を見落としています。

イスラエルの人々もそのような態度をとっていました。そこで、神様は彼らにこう言われました。

あなたがたは、「主の態度は公正でない』と言っている。

さあ、聞け。イスラエルの家よ。わたしの態度は公正でないのか。公正でないのはあなたがたの態度ではないのか。

正しい人が自分の正しい行ないから遠ざかり、不正をし、そのために死ぬなら、彼は自分の行なった不正によって死ぬ。

しかし、悪者でも、自分がしている悪事をやめ、公義と正義とを行なうなら、彼は自分のいのちを生かす。

彼は反省して、自分のすべてのそむきの罪を悔い改めたのだから、彼は必ず生き、死ぬことはない。

それでも、イスラエルの家は、『主の態度は公正でない』と言う。

イスラエルの家よ。わたしの態度は公正でないのか。公正でないのはあなたがたの態度ではないのか。」(エゼキエル書18:25-29)

イスラエルの人々は苦しんでいたため、神様を不正義な方だと非難しました。けれども、彼らの罪が神様の裁きを招いたことを無視していました。

あなた自身はどうでしょうか。神様があなたを懲らしめるとき、あなたは怒りますか。それとも、神様が他の人々に憐れみを与えるとき、あなたは憤りますか。

神様が正義の方であることを常に覚えていてください。あなたは神様の決断に同意しないかもしれませんが、神様は常に正しいことをされます。

神様の決断が間違っているのではありません。歪んでいるのは、あなたの正義感です。

ですから、神様の御前でへりくだる心を持つよう努めましょう。周りの人々が悔い改めるなら、彼らに憐れみを示しましょう。また、神様があなたを懲らしめられるなら、悔い改めましょう。

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