ちょっと詩篇108篇に飛びます。なぜなら、詩篇108篇には詩篇57篇と詩篇60篇の部分が含まれているからです。
具体的には、詩篇108:1-5は詩篇57篇の最後の部分から来ており、詩篇108:6-13は詩篇60篇の最後の部分から来ています。
詩篇108篇がその二つの詩篇のメドレーかどうかは分かりません。もしかしたら、ダビデはその二つの詩篇から新しい詩篇を書いたのかもしれません。でも、どうしてダビデはその二つの詩篇を組み合わせたのでしょうか。
私は二つの推測をしています。
一つ目は、ダビデが詩篇60篇を書いたときに、同時に詩篇108篇も書いたということです。
詩篇60篇の背景には、イスラエルが敵に敗れたことで苦しんでいた時期があります。だから、ダビデは神様が洞穴でどのように彼をサウルから救い出してくださったかを思い出したのでしょう。
多分彼は自分にこう言ったのです。「この敗戦には失望してはならない。神様が過去に何をしてくださったかを思い出そう。もし、過去に神様が私を救い出したなら、将来も神様は私を救い出してくださるだろう。」
二つ目は、詩篇108篇はその二つの事件の後に書かれたものであるということです。つまり、ダビデは振り返り、神様が何をしてくださったかを思い出して、神様を賛美したのです。
そのように、私たちも過去の勝利を思い出したほうが良いです。特に、苦難の時に、過去の勝利を思い出したほうが良いです。
そして、神様が私たちを救い出してくださった後、私たちは神様に感謝するべきです。
どうしてそうするべきでしょうか。
希望のためです。
苦しい時、勝利を思い出すことは私たちに希望を与えます。希望がないなら、試練に直面することは難しいです。
でも希望を持てば、どんな試練に直面しても、私たちは乗り越えられます。なぜなら、神様が私たちの味方で、私たちを助けてくださることを知っているからです。
あなたはどんな勝利を経験したでしょうか。その勝利について書きましょう。神様があなたの祈りに応えてくださるとき、そのことについて書きましょう。それだけではなく、神様をほめたたえましょう。
そうすれば、試練が来るとき、あなたは立つことができます。
