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詩篇

何を信頼するか

詩篇62篇

これはもう一つの私が好きな詩篇です。いつものように、ダビデは困っていましたが、こう歌いました。

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。(詩篇62:1-2)

「ただ神を待ち望む」という言葉は私の心を打ちます。

ダビデはいろんな試練を経験したので、人々がいつも忠実なわけではないと分かるようになりました。また、お金や富にも頼ることができないと分かるようになりました。

ダビデはこう書きました。

まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。はかりにかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い。

圧制にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。富がふえても、それに心を留めるな。(9ー10)

つまり、人が偉くても、そうではなくても、私たちは彼らをいつも信頼することができないということです。

時々彼らはあなたを裏切るからです。

彼らが忠実でも、いつまでも生きるわけではありません。ある日、彼らは亡くなってしまうので、あなたは彼らにもう頼ることができません。

自分の富に頼る人もいます。しかし、そのお金を盗んでも、そのお金のためにちゃんと働いても、一時的な幸せだけを買うことができます。結局、あなたはお金と持ち物の虚しさを分かるようになります。

だからダビデは、「これらのものに頼りません」と言います。むしろ、彼はこう言いました。

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。(5)

そして、ダビデは私たちに言います。

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(8)

あなたは何に頼るでしょうか。人に頼るでしょうか。富に頼るでしょうか。自分自身に頼るでしょうか。

それらのものは偽りの避け所です。結局、それらのものによって私たちはがっかりします。神様だけが私たちの信頼に値します。だから、ダビデはこの詩篇をこの言葉でまとめます。

神は、一度告げられた。二度、私はそれを聞いた。力は、神のものであることを。

主よ。恵みも、あなたのものです。あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます。(11ー12)

私たちを決してがっかりさせない神に信頼しましょう。

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