この詩篇は、申命記6:24-26の祭司の祝福に似ています。
どうか、神が私たちをあわれみ、祝福し、御顔を私たちの上に照り輝かしてくださるように。(詩篇67:1)
私が興味深いと思うのは、その詩人の動機です。
それは、あなたの道が地の上に、あなたの御救いがすべての国々の間に知られるためです。(2)
多くのクリスチャンは自己中心的な理由のために「主よ。私を祝福してください」と祈ります。
しかし、詩人はこのように祈ります。
「主よ、私たちをあわれんでください。祝福してください。なぜなら、周りの人々があなたの恵みと慈しみを見るなら、あなたとの関係を求めるから。そして、私たちだけではなく、彼らもあなたの救いを知ります。」
詩人はその日を楽しみにして、歌います。
神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。
国民が喜び、また、喜び歌いますように。それはあなたが公正をもって国々の民をさばかれ、地の国民を導かれるからです。セラ
神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。(3-5)
詩人は、すべての国民が自分の心を神様に向けることを見るし、もう一つのことを見ます。それは、神様を恐れる人に対する神様の祝福です。
地はその産物を出しました。神、私たちの神が、私たちを祝福してくださいますように。
神が私たちを祝福してくださって、地の果て果てが、ことごとく神を恐れますように。(6-7)
神様、あなたの恵みを与えてください。主よ、私を引き寄せ、あなたの御顔を私の上に照り輝かせてくださるように。そして、私の周りの人々が私を見る時、彼らはあなたを見て、あなたに近づくように。
あなたの光が私を通して輝くように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン。
