詩篇87篇はエルサレムについてですが、この詩篇を読むとき、私は神様のご自身の民に対する愛がわかりますし、どのように神様が私たちのことを喜んでくださるかを見ることができます。
詩人はエルサレムについて歌います。
主は聖なる山に基を置かれる。
主は、ヤコブのすべての住まいにまさって、シオンのもろもろの門を愛される。
神の都よ。あなたについては、すばらしいことが語られている。セラ (詩篇87:1-3)
どうして神様はエルサレムを愛されたのでしょうか。神様はエルサレムの城壁や建物を愛されたのではなく、エルサレムに住んでいた人々を愛されました。神様は彼らをご自身の民として選んで呼ばれました。
その愛によって神様がエルサレムを確立されたので、周りの国民はそれを見て、感心しました。
そして、エルサレムの敵、ラハブ(つまり、エジプト)や、バビロンや、ペリシテも、いつかエルサレムの栄光を見て、神様を認めます。
その時、彼らは「その人はシオンで生まれた。その人もシオンで生まれた」と誇ります。(4)
それに、神様は彼らの名前を登録して、「この民はここで生まれた」と認められます。
この詩篇を読むとき、私が考えるのは、これが教会のための神様の意図であるということです。
教会は建物ではなく、神様の民です。そして、神様がエルサレムの人々に愛を注いだように、私たちにも愛を注いでくださいます。
神様の希望は、私たちが周りの人々に影響を与えることです。また、私たちを憎む人々でも、私たちを通して神様を知ることです。
そして、私たち皆が新しいエルサレムに着いたら、神様は命の書を指して、「私が確立した教会で、その人は生まれました。その人も。その人も」と言われるでしょう。
多分、誇りを持って、神様はそう言われるでしょう。
そして、神様が命の書の名前のすべてを呼ばれた後で、私たち皆は歌います。
私の泉はことごとく、あなたにある。(7)
言い換えれば、「主よ。あなたは私の命と愛と喜びの源です。」
私たちは神様の民です。神様は私たちを愛して、喜んでくださいます。しかし、できるだけ、多くの人々を天国に連れて行きましょう。私たちは隠れることができない山の上にある町になりましょう。
