詩篇92篇は安息日のために書かれました。神様はイスラエル人が神様を礼拝するために安息日を聖別されました。だから、この詩篇では、詩人は神様を賛美します。
私は1-2節が好きです。
主に感謝するのは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。
朝に、あなたの恵みを、夜ごとに、あなたの真実を言い表わすことは。(詩篇92:1-2)
朝にあなたの恵みを言い表す。
どうして、私たちがそうするのは大切なのでしょうか。それは、今日も私たちが希望があることを思い出すからです。
私たちはどんな試練に直面しても、神様が私たちと共におられ、神様の手が私たちの上にあることを思い出します。
夜ごとにあなたの真実を言い表す。
日の終わりに、振り返って、神様が何をしてくださったか思い出すのは良いことです。
振り返れば、私たちが問題に直面しても、神様が私たちを捨てなかったことを悟ります。むしろ、神様が愛によって私たちを救い出してくださったことを悟ります。
だから、詩人は歌います。
主よ。あなたは、あなたのなさったことで、私を喜ばせてくださいましたから、私は、あなたの御手のわざを、喜び歌います。
主よ。あなたのみわざはなんと大きいことでしょう。あなたの御計らいは、いとも深いのです。(4-5)
そして、詩篇1篇のように、詩人は悪者を正しい者と比べます。最初に、彼は歌います。
悪者どもが青草のようにもえいでようと、不法を行なう者どもがみな栄えようと、それは彼らが永遠に滅ぼされるためです。
しかし主よ。あなたはとこしえに、いと高き所におられます。
おお、主よ。今、あなたの敵が、今、あなたの敵が滅びます。不法を行なう者どもがみな、散らされるのです。(7-9)
けれども、正しい者に関して、詩人はこう歌います。
正しい者は、なつめやしの木のように栄え、レバノンの杉のように育ちます。
彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。
彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。
こうして彼らは、主の正しいことを告げましょう。主は、わが岩。主には不正がありません。(12-15)
私はその最後の部分が大好きです。私たちは年を取っても、実を結び、みずみずしく、茂ります。
年を取るとき、私は枯れたものになりたくない。私はみずみずしく、茂っているものになって、周りの人々に神様の愛で触れたいです。
しかし、私たちがいつも神様にほめ歌を歌わないなら、枯れるものになるかもしれません。神様の愛や忠実さや慈しみを忘れ、苦々しく貪欲のある心を持ったら、私たちは枯れた木のようになります。
だから、毎日時間を取って、神様をほめたたえましょう。
朝でもほめたたえましょう。夜でもほめたたえましょう。一日中、機会があれば、主をほめたたえましょう。
そして私たちの一日だけではなく、私たちの心も神様のために聖別しましょう。
