どれほどあなたは周りの悪によって怒るでしょうか。
詩人はそれを見て、本当に怒りました。彼は何を見たのでしょうか。偽りの唇。欺きの舌。平和を憎む人。戦いを望む人。
だから、詩人は呻きました。
ああ、哀れな私よ。メシェクに寄留し、ケダルの天幕で暮らすとは。(詩篇120:5)
メシェク人とケダル人たちは放浪の部族で、彼らは周りの人々を攻撃しました。
この詩人が彼らの間に住んだのか、それともそのような人々の間に住んだのかは、私は分かりません。
けれども、興味深いことは、この詩篇が都上りの歌であることです。つまり、人々がエルサレムに巡礼するとき、この歌を歌いました。
なぜ、彼らが神様に心を向け、礼拝するときに、このような歌を歌ったのでしょうか。あなたはそれがちょっと不思議だと思うかもしれません。しかし、私はそんなに不思議だとは思いません。
なぜなら、私たちの人生はいつも楽しいわけではないからです。私たちがこの世界を見るとき、落ち込むのは簡単なことです。
そのとき、私たちは神様がどこにおられるのかと思うかもしれません。また、神様が何かをしておられるのかと思うかもしれません。
けれども、詩人が神様に向かうとき、自分自身に思い出させます。「神様はいつか正義によって治めてくださるから、すべてのことは大丈夫。」
だから、彼はこう書きました。
欺きの舌よ。おまえに何が与えられ、おまえに何が加えられるのか。
勇士の鋭い矢、それに、えにしだの熱い炭火だ。(3-4)
だから、テレビのニュースを見るとき、がっかりしないでください。神様が良い方で、正義の方であることを覚えておきましょう。
そして、この世の悪に焦点を当てずに、全てを解決してくださる神を仰ぎましょう。
