愛と忠実さ。この世では、その二つのものは見つけられません。だから、たくさんの人間関係、特に結婚の関係は壊れています。
ソロモンはこう書きました。
恵みとまことを捨ててはならない。それをあなたの首に結び、あなたの心の板に書きしるせ。神と人との前に好意と聡明を得よ。(箴言3:3-4)
その恵みは「変わらない愛」という意味です。そして、たくさんの英語の翻訳は「誠」という言葉を「忠実さ」と翻訳します。
神様に対する愛と忠実さはどういう意味でしょうか。それは、神様に信頼するので、従うという意味です。
簡単に言うと、あなたに対する神様の愛の確信を持って、あなたがその信仰によって生きることです。
ソロモンはその真理をもっと説明します。
心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。(5-7)
私たちが神様を愛するなら、私たちは全く神様に信頼します。私たちが何をしても、私たちがどこにいても、私たちは自己中心の生活を送らず、神様中心の生活を送ります。そして私たちの知恵に頼らずに、神様の知恵に頼ります。
時々、それは難しいです。正直に言うと、多くの場合、それは難しいです。
特に難しいところは、私たちの家計です。ソロモンはこう書きました。
あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。そうすれば、あなたの倉は豊かに満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれる。(9-10)
あなたが十一献金が新約聖書の教えであることを信じるかどうか分かりませんけど、はっきりしているのは、あなたのお金は実はあなたのものではないことです。あなたは、代価を払って買い取られたのですから(第一コリント6:20)。
そして、もし、自分の体をもって、神の栄光を現わすべきなら、お金によって、神の栄光を現わすべきです。
十一献金に反対する多くの人々は、自分の心で「これは私のお金です。私は好きなように使える権利がある。」と思います。
もちろん、あなたの給料の10%は神様に属しません。実は、すべては神様のものです。あなたは、ただその神様が与えてくださるお金の管理人です。
だから十一献金を捧げても、捧げなくても、あなたはこう聞かなくてはならない。「神様、私がどうやってこのお金を使えば良いか教えてください。これはあなたのものだから。」
そして、私たちは神様の懲らしめを謙遜に受け入れなくてはなりません。ソロモンはこう書きました。
わが子よ。主の懲らしめをないがしろにするな。その叱責をいとうな。
父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる。(11-12)
私たちが聖書を読むとき、また教会の説教を聞くとき、厳しいことを聞くこともあります。その時、聖霊様は私たちを懲らしめてくださいます。
例えば、私たちの結婚の関係に関して、また、子供との関係に関して、神様は私たちに話してくださいます。もしくは、私たちの家計や仕事に関して話してくださいます。
そして、神様の懲らしめを聞くのは辛くて、私たちはその言葉を全然聞きたくないです。
けれども、私たちが本当に神様を愛するなら、その言葉に従います。私たちの知恵に頼らずに、神様の道を選びます。
そうすれば、神様は私たちが命と平和を得ると約束してくださいます。(16-18)
また私たちはその知恵にしがみつき、神様を恐れると、ほかのものを恐れる必要がないです。(21-26)
しかし、私たちは周りの人々にも愛と忠実さを与えるべきです。ソロモンはこう言いました。
あなたの手に善を行なう力があるとき、求める者に、それを拒むな。
あなたに財産があるとき、あなたの隣人に向かい、「去って、また来なさい。あす、あげよう」と言うな。(27-28)
つまり、周りの人々を祝福する機会があれば、待たないでください。すぐにその人を祝福してください。
また、彼らを裏切らないでください。なぜなら、神様はあなたを見ておられるし、そんな人々に反対されるからです。
最後に、ソロモンはこう言いました。
あざける者を主はあざけり、へりくだる者には恵みを授ける。
知恵のある者は誉れを受け継ぎ、愚かな者は恥を得る。(34-35)
私たちが神様の知恵をあざけり、自分の道を行くことを決めたら、蒔いたものを刈り取ります。つまり、恥や悲しみや死を刈り取ります。
けれども、あなたが謙遜に、神様の懲らしめを受け入れて、神様の道を行くなら、神様はあなたに命や、恵みや、平和や、誉れを与えてくださいます。
あなたはどうするでしょうか。
