仕返し。
私たち皆、仕返しが悪いことを知っていますが、どれぐらい仕返しを計画するでしょうか。私たちはその計画を実行しないかもしれませんが、その計画を考えるのが好きですね。
また、相手が倒れる時、私たちはよく喜びます。
しかし、ソロモンはそのような態度に関して警告します。彼はこう書きました。
あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、あなたは心から楽しんではならない。
主がそれを見て、御心を痛め、彼への怒りをやめられるといけないから。(箴言24:17-18)
私たちが心に留めておかなければならないのは、相手がどんなに悪者でも、彼らが神様のかたちとして創造されたことです。その形は曲がったかもしれませんが、神様はまだ彼らを愛しておられます。
だから、彼らが苦しんだ時、神様はあなたがその人の苦しみを喜ぶことを憎まれます。なぜなら、神様は喜ばれないからです。
人々が地獄に行く時、彼らがどんなに悪者でも、神様は喜ばれません。むしろ、神様は涙を流されます。
だから、神様の形として創造された者を見下してはなりません。神様はそのような態度をご覧になる時、全然喜ばれません。
ソロモンはこう言います。
「彼が私にしたように、私も彼にしよう。私は彼の行ないに応じて、仕返しをしよう」と言ってはならない。(箴言24:29)
むしろ、
もしあなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
あなたはこうして彼の頭に燃える炭火を積むことになり、主があなたに報いてくださる。(箴言25:21-22)
要するに、あなたの敵に復讐せずに、彼らに親切にすれば、彼らは罪悪感を持つかもしれません。もしくは、彼らが決して謝らなくても、神様はあなたに報いてくださいます。
その反面、
正しい人が悪者の前に屈服するのは、きたなくされた泉、荒らされた井戸のようだ。(25:26)
もし悪い人の仕業のために私たちが仕返しをするなら、私たちの証しは汚されます。その場合、私たちがこの世の民に影響を与えるのではなく、むしろ、この世の民が私たちに影響を与えてしまいます。
ソロモンはこう言います。
自分の心を制することができない人は、城壁のない、打ちこわされた町のようだ。(25:28)
人々が私たちを傷つける時、私たちが自分の怒りと行動をコントロールできないなら、私たちの人生の城壁は倒れます。そして、私たちを神様から離させるために、サタンは、ますます攻撃します。
しかし、私たちの敵に親切にするなら、サタンはどうしても私たちを滅ぼすことができません。
それに、サタンが送った私たちの敵は友達になるかもしれません。その場合、サタンの計画は本当に無駄になってしまいます。
敵に仕返しすると、自分の城壁を強化すると思う人もいます。実は、自分の怒りをコントロールできる人、また、相手を許せる人が本当に強い人です。
あなたはどうですか。相手があなたを傷つける時、あなたはどうしますか。
