リーダーとは何ですか。この箇所で、リーダーについて学ぶことができると思います。
アグルはこう書きました。
歩きぶりの堂々としているものが三つある。いや、その歩みの堂々としているものが四つある。
獣のうちで最も強く、何ものからも退かない雄獅子、いばって歩くおんどりと、雄やぎ、軍隊を率いる王である。(箴言30:29-31)
1.リーダーは、ライオンのようにどんな状態に直面しても挑戦します。
ある人は自信がありそうですが、問題が出てくると、彼らは逃げて、その問題をたらい回しにします。
真のリーダーは自信を持って進みます。なぜなら、彼らは自分自身を信頼するよりも、神様を信頼するからです。そして、神様が彼らと共におられる確信があります。
サウルとダビデの話を読むと、その違いが分かると思います。
ゴリヤテという勇士がイスラエルの軍隊に挑戦を表明し、「誰が私と戦う勇気があるでしょうか」と叫んだとき、多分イスラエル人はサウルを見ました。なぜなら、彼は王であり、イスラエル人の中で最も大きな人だったからです。
けれども、サウルはどうしましたか。彼は自分の宮殿に隠れ、ゴリヤテと戦う責任を取る人に報酬を提供しました。
しかし、ダビデは立ち上がってゴリヤテと戦いました。彼の理由は何でしたか。
獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。(第一サムエル17:37)
神様はダビデと共におられたので、ダビデはゴリヤテを殺しました。
2.リーダーは目を覚まし、挑戦に直面するために、自分の心を準備します。
では、「いばって歩くおんどり」との関係は何でしょうか。私は分かりませんが、実は、そのヘブル語のフレーズの意味はちょっと微妙です。
文字通りに、その意味は走る時に自分のローブの裾をちょっと持ち上げることです。
多くの翻訳は「いばって歩くおんどり」と書いてありますが、ある解説者たちによれば、その意味が「鎧を着る勇士」や「バーディング(つまり、馬のための鎧)を着る軍馬」ということです。
この箇所では、いろんな方法で解釈できますが、私はこの箇所を読むと、ペテロの言葉を思い出します。
ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。(第一ペテロ1:13)
キリストがいつかこの世に戻るので、イエス様が私たちに命じられることを果たすために、私たちは自分の心を準備しなくてはなりません。
3.リーダーは人々を導きます。
それは当たり前のことでしょう。雄やぎが他のやぎの先に行くように、リーダーたちも神様の導きに従って、神様の民を導くべきです。
4.リーダーの後ろには、ついて行っている人がいます。
それも当たり前のことですが、多くの人々はそのことについて考えません。私のハワイの牧師はいつもこう言いました。
「もし、人々がある人についていくなら、その人はリーダーです。彼らはリーダーとして自分自身を考えないかもしれないし、自分が資格がないと思うかもしれないけど、彼らはリーダーです。」
誰もあなたについていかないなら、あなたはリーダーではありません。けれども、軍隊が戦争に王に従うように、人々があなたについて行き、あなたを信頼したら、あなたたちはすごいことを達成できます。
しかし、アグルは悪いリーダーについて警告します。彼らは高ぶって愚かなことをよくします。彼らは人々を見下し、自分の力を乱用します。
彼らは真のリーダーではありません。たとえその立場があっても、自分の行動によって怒りをかき回してしまいます。だから最終的に、彼らについて行く人は、すべていなくなります。
あなたはどうですか。あなたはどんなリーダーでしょうか。
