この箇所を見ると、私たちはイエス様が何をすることができるのか、また何をしないのかを知ることができます。
イエス様は盲人や口のきけない人を癒すことができます。
けれども、イエス様はご自身を無理やり人々に信じさせることはされません。
わたしにそんなことができると信じるのか。(マタイの福音書9:28)
彼らが「そうです。主よ。」と答えた時、イエス様は「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われました。(29)
つまり、彼らが本当に信じなかったなら、彼らは癒されなかったのです。
実際には、私たちが信仰を持っていなくても、イエス様は私たちを癒すことができます。ある日、相手がイエス様のことをよく知らず、まったく信仰を持っていなかった状況でも、イエス様はその人を癒されました。(ヨハネ5:1-15)
とはいえ、多くの場合、イエス様は人々の信仰を求められました。
この話では、二人の盲人が信じたために癒されました。
ところが、次の話では、イエス様が口のきけない人を癒された時、多くの人々は驚きましたが、パリサイ人たちはイエス様を信じず、「彼は悪霊どものかしらを使って、悪霊どもを追い出しているのだ」と言いました。(34)
イエス様がどんな奇跡やしるしを行っても、パリサイ人たちは信じることを拒み続けました。
イエス様は彼らの信仰を求められましたが、彼らに無理やり信じさせることはありませんでした。
同じように、イエス様は私たちにも無理やり信じさせることはされません。
イエス様は私たちに聖書を与えてくださり、神様が私たちの人生にどのように働いているかを示し、神様に従う時の祝福を思い起こさせてくださいます。
それでも、私たちは毎日自分自身に問いかけるべきです。「私は神様を信じるだろうか。私は神様を信じるので、神様の道を行くだろうか。」
そうすれば、神様からの祝福と癒しを見いだすことができます。
そうしない場合、パリサイ人のように、神様の祝福と癒しを決して知ることはできません。
さて、あなたはどうしますか。
