この箇所では、イエス様の癒しのミニストリーがどれほど人気だったかがわかります。
私の心に響くのは、多くの人々が癒されたいと思ったにもかかわらず、一人でイエス様のところに行かなかったことです。むしろ、友達や家族が彼らをイエス様のところに連れて行きました。そして、イエス様は彼らを癒されました。
その時代にイエス様が目や耳を癒されたように、現代でもイエス様は霊的な目や耳を開いてくださいます。また、イエス様が当時、人々の体を癒されたように、今ではイエス様が人々の心を癒してくださいます。
もちろん現代でも、イエス様は人々の体を癒されます。しかし、それ以上にイエス様は人々の心と魂を癒したいと望んでおられるのです。(例えば、マルコ2:1–12をご覧ください。)
さて、当時、人々が病気の友人や体が不自由な友人をイエス様のもとに連れて行ったように、私たちも苦しんでいる人々や霊的に病んでいる人々をイエス様に連れて行くべきです。私たちは彼らを癒すことはできませんが、イエス様は彼らを癒すことができます。
そのため、彼らが自分でイエス様のもとに行くのを待つべきではありません。むしろ、私たちが積極的に彼らをイエス様のところに連れて行くべきなのです。
このことに心を留めておきましょう。イエス様はしばしば人々にこう尋ねられました。「わたしに何をしてほしいのか?」
また、「よくなりたいか?」
彼らが癒しを望むならば、イエス様は彼らを癒してくださったのです。
同じように、私たちは人々をイエス様のところに連れて行くことはできますが、最終的に彼ら自身が決断しなくてはなりません。彼らが癒しを望むのかどうか、イエス様が提供するものを受け入れるのかどうか。それは彼ら自身の選択です。
では、あなたはどうでしょうか?あなたは人々をイエス様のもとへ連れて行っていますか?
