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マルコの福音書 マルコ8章

盲人

マルコの福音書8:22-26

17年くらい前の話ですが、私の父が転倒した際にメガネが割れ、父の目にガラスが入ったため、視力を失いました。

おそらく、この聖書の箇所に出てくる男性も似た経験をしていたのではないかと思います。彼は若い頃にはきちんと見ることができたけれど、事故や病気のせいで視力を失ったのかもしれません。そう考えられる理由は、彼が木や人の形をよく知っていたからです。

さて、イエス様がその男性を癒された際、その手順は少し変わっていました。イエス様はその男性の両目に唾をつけ、その目に触れました。

もしかしたら、多くの盲人と同じように、彼の瞼は粘着質のものが原因で閉じていたのかもしれません。そのため、洗い清める必要があったのでしょう。

そしてイエス様は彼の目を開きました。その後、イエス様は彼に「何か見えるか」と尋ねられました。

男性は、「人が見えます。木のように見えますが、歩いているのが分かります」と答えました。

イエス様がもう一度彼の両目に触れると、その男性の目は完全に癒されました。

イエス様がその人の目を癒されたように、イエス様は霊的に盲目な人々も癒してくださいます。ただし、この話のように、時には段階があります。

イエス様は彼らの霊的な瞼を開くために、彼らの罪深い考えを洗い清めてくださいます。そして彼らは少しだけ見ることができるようになりますが、まだはっきりとは見えません。

しかし、イエス様が彼らにもう一度触れると、彼らの霊的な目は完全に癒されます。その時、彼らが最初に見るものはイエス様です。

その後、イエス様は彼らの思いと人生を変え、彼らは新しい人に生まれ変わります。

ですから、もし周りの人々がイエス様を見ることができず、人生を変えられる真理に気づいていないとしても、諦めないでください。時間がかかることもあるでしょう。

また、あなたが彼らの霊的な目を開くことはできません。彼らの目を開くことができるのはイエス様だけです。そのため、彼らのために祈り続け、霊的な種を蒔き続けてください。

そして、神様の恵みによって、いつの日か彼らの目が開かれる時が来るでしょう。

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