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マタイの福音書 マタイ16章

教会が立つ基礎

マタイの福音書16:13-20

これは本当に印象的な箇所ですので、もう一度見てみましょう。

ペテロがイエス様に向かって「あなたはキリストです」と告白した後、イエス様は彼を称賛されました。

するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。

ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。

わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」(マタイの福音書16:17-19)

それは本当に印象的な言葉ですが、その言葉が意味するものとは何でしょうか。そして、私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。

まず最初に、神様がご自身を現わされると救いがもたらされるということです。

人々は神様を自ら見出すことができないため、神様がご自身とその真理を明らかにされなければ、私たちは神様のことを知ることはできません。そのため、救いはまさに恵みから来るものなのです。

カトリック教徒たちはペテロを尊敬し、ペテロの権威によってイエス様が教会を建てられたと教えています。

けれども、この箇所では、イエス様はそのように教えられたわけではありません。「ペテロ」という名前は「小さい石」という意味を持っていますが、イエス様は「岩の上に教会を建てる」と言われました。

ペテロ自身もその言葉を忘れず、こう語っています。

主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。

あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。

なぜなら、聖書にこうあるからです。「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」(第一ペテロ2:4-6)

ペテロによれば、教会は何の石の上に立つでしょうか。それはイエス様です。

私たちクリスチャンは何者でしょうか。私たちは生ける石です。そして、神様は私たちを用いて、ご自身の家、つまりご自身の神殿を建てておられます。

さらに、私たちはイエス様の十字架の働きのゆえに、神様の祭司となりました。

私たちには祭司が要りません。なぜなら、私たち自身が神様の祭司だからです。私たちは確信をもって、大胆に天の父の御もとに近づくことができます。

教会がイエス様の上に建てられたので、ハデスの門もそれには打ち勝つことができません。サタンはずっと教会を滅ぼそうとしましたが、教会は今もなお立っており、イエス様が戻られるまで立ち続けるでしょう。

イエス様はペテロに特別な権威を与えられたでしょうか。おそらくそうされたでしょう。しかし、その時、ペテロとほかの弟子たちはイエス様の言葉を完全に理解していなかったと思います。

イエス様が天に戻られた後、ペテロの最初のメッセージを通して、多くのユダヤ人がクリスチャンとなりました。(使徒の働き2章)

また、異邦人もペテロを通して福音を聞き、初めてクリスチャンになりました。(使徒の働き10–11)

つまり、ペテロは天の御国の鍵を使ったことで、ユダヤ人と異邦人が初めて神の国の門に入ることができました。

さらに、その鍵を用いて、ペテロとヤコブは、ユダヤ人の儀式的な律法および食事に関するルールのほとんどを解きましたが、教会の平和を守るためにいくつかの律法を守るよう指示しました。(使徒の働き15章)

それでも、ペテロが最初の法王であり、他の人々がペテロの権威と立場を継いだとは言えません。イエス様は、そのようなことを決して言われませんでした。

実は、ある程度、イエス様の言葉はすべてのクリスチャンに当てはまります。

神様の祭司として、私たち皆は天の御国の鍵を受けています。そして、私たちが福音を伝えると、その福音を聞いて信じる人々に天の国の門が開かれます。

また、私たちは信じる人々に対して、彼らの罪が恵みによって赦されることを宣言する権威を持っています。したがって、彼らは自分の働きによって救いを得ようとする考え方から解放されます。

ですから、その鍵を使いましょう。そうすれば、彼らも私たちがいただいた救いを受けることができるのです。

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