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神様がどのように子供を見ておられるのか

マタイ18:6-14;マルコ9:42-48

イエス様が神の国について教えられた時、神様がどのように子供たちを見ておられるかを明確に示されました。

まず最初に、イエス様は私たちに「子供に罪を起こさせるようにするな」と警告されました。

そして、イエス様は続けてこう言われました。

しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。

つまずきを与えるこの世はわざわいだ。つまずきが起こるのは避けられないが、つまずきをもたらす者はわざわいだ。(マタイ18:6-7)

また、イエス様は「子供につまずきを与えるくらいなら、自分の手や足を切った方が良い」と言われました。

どうしてイエス様はそのような極端なことを言われたのでしょうか。それは、子供たちが非常に影響を受けやすいからです。彼らは私たちの行動を見て、すぐに学びます。

もし私たちが怒りっぽいなら、彼らも怒りっぽくなります。

もし私たちが夫や妻に感謝しないなら、彼らが成長して結婚した時、自分の伴侶に対して感謝をしないでしょう。

もし私たちが彼らを虐待するなら、彼らも自分の子供を虐待する可能性があります。

ですから、子供がいる時は、自分の言動に注意してください。神様はそれに基づいてあなたを裁かれるからです。

イエス様はさらに私たちに警告されます。

あなたがたは、この小さい者たちを、ひとりでも見下げたりしないように気をつけなさい。

まことに、あなたがたに告げます。彼らの天の御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔をいつも見ているからです。(マタイ18:10)

神様は子供たちを愛しておられるので、その子供たちを守るために天使を遣わされます。ですから、私たちも子供たちを大切にしなければなりません。彼らを取るに足りない存在と見なしてはいけません。神様はその宝物を私たちに託されたのです。

さらに、イエス様は子供たちを迷子になった羊に例えられます。神様はその子供たちを救いたいと望んでおられます。ですから、イエス様はこう言われました。

このように、この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。(マタイ18:14)

子供に関して、私はもう二つのことをお伝えしたいと思います。

まず第一に、人には責任を取らなければならない年齢があると思います。つまり、子供が自分の罪の責任を取らなければならない時が来るということです。

その年齢が具体的にいつなのかは分かりませんが、きっと子供によって異なるでしょう。彼らが自分の罪を認識し、さらに罪の悪さを理解するのであれば、責任を取る必要があると思います。

第二に、「この小さい者たちのひとりが滅びることは、天におられるあなたがたの父のみこころではありません」と書かれています。

それでも、私は子供たちが滅びる可能性があると考えます。このことについては、ペテロが似たようなことを言っています。

[神様は]あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(第二ペテロ3:9)

けれども、ペテロははっきりと言っています。人は悔い改めなければ救われません。ですから、子供がどうしても悔い改めないのであれば、救われることはありません。

だからこそ、神様が子供たちを大切にされるように、私たちも子供たちを大切にしましょう。また、彼らが救われるように、福音を彼らに伝えましょう。

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