離婚は非常に難しいトピックです。なぜなら、離婚に伴う痛みは非常に深いからです。日本でも離婚率は徐々に上昇しています。そのため、私たちは結婚と離婚に関するイエス様の教えを真剣に考えるべきだと思います。
パリサイ人たちはイエス様のもとに来て、こう尋ねました。
何か理由があれば、妻を離婚することは律法にかなっているでしょうか。(マタイ19:3)
その時代においても、離婚は論争の的となる問題でした。どんな理由でも離婚が許されるべきだと考えるパリサイ人もいれば、性的な罪だけが離婚の正当な理由だと考えるパリサイ人もいました。
実際、多くのパリサイ人は離婚を経験していました。彼らの多くは、他の女性と結婚したいと思ったために妻と離婚することを選びました。もちろん彼らは姦淫を犯したくなかったものの、他の女性と関係を持ちたいがために妻を離婚したのです。
おそらく、山上の垂訓やこの箇所で、イエス様が特にこの問題について話されたのだと思います。
つまり、「あなたが結婚していない人と肉体的な関係を持たなかったとしても、もし他の女性と関係を持つために妻を離婚したならば、それは神様の目には姦淫である」ということを教えたのです。
いずれにせよ、イエス様はパリサイ人の質問にこう答えられました。
あなたがたは読んだことがないのですか。創造者ははじめの時から「男と女に彼らを創造され」ました。
そして、「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、二人は一体となるのである」と言われました。
ですから、彼らはもはや二人ではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。(マタイ19:4-6)
イエス様は律法の専門家たちの意見を全く無視し、聖書を示されました。そして、聖書を基に、イエス様は結婚の本来あるべき姿を説明されました。
結婚とは、男と女が一体となることです。彼らはもはや別々の存在ではありません。彼らは結び合い、一体となるのです。
時々、人々はこう疑問に思います。「なぜ神様はセックスを夫婦だけのものと命じるのでしょうか。」
その主な理由は、男性と女性が肉体的な関係を持つとき、彼らが結び合うからです。それは肉体的な結びつきに留まらず、精神的にも結びつき、さらには彼らの魂も結び合うのです。
ボンドを使って、うっかり指を二本貼り合わせた経験はありませんか。もし無理にその指を引き離そうとすれば、どうなるでしょうか。肌が傷ついてしまいますよね。
同じように、夫婦が離婚すると、完全に別れることはできません。肉体的および精神的な結びつきのために、彼らの魂は裂かれるのです。
また、結婚していない人々の場合でも、彼らが肉体的な関係を持った後に別れるなら、その魂の結びつきが原因で、彼らの魂は裂かれてしまいます。
結婚している人も、していない人も、カップルの関係が長く続けば続くほど、別れる際の痛みはひどくなります。なぜなら、彼らは性的に結びつき、また、良い経験も悪い経験も共有し合うことで、さらに深く結びつくからです。
では、なぜ離婚がそんなに苦しいのでしょうか。この箇所で、イエス様はその理由を教えておられます。
それは、離婚が私たちの魂の一部を裂くからです。本来は永遠に続くべきもの、すなわち体の一致、心の一致、魂の一致が裂かれてしまうのです。だからこそ、イエス様は命じられます。
「神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」(マタイ19:6)
それでは、離婚の痛みは決して癒されないのでしょうか。神様は離婚した人を赦してくださらないのでしょうか。
そうではありません。
しかし、私たちは二つのことを理解する必要があります。
一つ目は、神様が結婚を永遠のものとしてデザインされたということです。
二つ目は、神様のデザインを拒むなら、その結果として痛みが生じるのは当然です。
では、なぜ人々は離婚を選ぶのでしょうか。次の記事でこのことについて詳しく話すつもりです。

One reply on “どうして離婚はそんなに痛いでしょうか”
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