この話では、イエス様は意地悪だったのでしょうか。どう思いますか。
この若い役人は必死に神の国に入りたいと願っていましたが、イエス様は彼に不可能とも思える挑戦を与えられました。その人が神様に対する熱心を持っていたのに、イエス様の言葉によって、その熱心は弱まってしまったように見えます。
それでも、マルコは興味深いことを記しています。彼は、イエス様がその役人にどのような感情を抱いておられたかを説明しています。
イエスは彼を見つめ、その人をいつくし[みました]。(マルコ10:2a)
イエス様は彼のうわべだけを見ず、その人の心も見つめられました。イエス様は彼の熱心をよく理解しておられました。けれども、イエス様は彼に欠けているものも見抜かれました。
そこで、イエス様はその人が自分に何が欠けているのかを理解することを望まれたのです。そうすれば、その人はイエス様の助けを求め、永遠の命を見つけることができたでしょう。
そのため、イエス様は彼にこう言われました。
あなたに欠けていることが一つあります。帰って、あなたが持っているものをすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。(21b)
要するに、イエス様はこう言われていました。
「さっき、あなたは自分に何かまだ欠けているように感じると言いましたね?その通りです。あなたは神様を愛するよりも、お金に執着しています。
だから、あなたが持っているものをすべて売り払いなさい。そして、あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。持ち物を売って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、あなたは本当の宝を得ることができます。
そして、わたしに従って来なさい。」
その言葉を言われた時、イエス様の願いは、彼が本当の命を見つけることでした。しかし彼は悲しみながら帰っていきました。
イエス様は真理を取り繕うことはされませんでした。イエス様は率直に真理をお伝えになりました。
時として、真理を聞くのは難しいものです。そして時には、人々はその真理を拒絶することもあります。それでも、私たちは真理を伝えなければなりません。
それでもなお、私たちは本当の愛と憐れみをもって真理を伝えなければなりません。
相手がまだ真理を拒絶するかもしれませんが、彼らが私たちの愛を理解するように努めましょう。
彼らが傷つくかもしれませんが、私たちが彼らの最善を望んでいることが伝わるように祈りましょう。
