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ヨハネの福音書 ヨハネ13章

私たちの足が洗われること

ヨハネの福音書13:6-11

この話から、私はもう一つの重要なポイントをお伝えしたいと思います。

イエス様がペテロの足を洗おうとされたとき、ペテロはこう言いました。

決して私の足を洗わないでください。(ヨハネの福音書13:8a)

イエス様がこのように答えられました。

わたしがあなたを洗わなければ、あなたはわたしと関係ないことになります。(8b)

そして、いつものように、ペテロは言い過ぎてしまいました。

主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。(9)

けれども、イエス様はこう答えられました。

水浴した者は、足以外は、洗う必要がありません。全身がきよいのです。あなたががたはきよいのですが、皆がきよいわけではありません。(10)

イエス様の言葉の意味は何だったのでしょうか。

「ペテロ、あなたは私を信じたので、すでにきよめられています。しかし、日々の歩みの中で、あなたの『足』は罪によって汚れます。だから、私はそれを清める必要があるのです。」

イエス様は、私たちにも同じことを語られます。

私たちがイエス様の前に来て、イエス様とその十字架の働きを信じると、イエス様は私たちの過去のすべての罪をきよめてくださいます。

それでも、日々の生活の中で私たちの心は罪によって汚れます。私たちの罪が神様や周りの人々を傷つけ、私たち自身も苦しみます。けれども、それによって救いが失われるわけではありません。私たちは今も神の子供です。

とは言え、毎日イエス様の前に来て、「私を赦してください。私の心を清めてください。」と祈らなければなりません。それは過去の罪のためではなく、今日の罪のためなのです。

ヨハネはこう書きました。

もし私たちが、自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。(第一ヨハネ1:9)

正直に言うと、私の足を洗っていただくために、私はもっとイエス様の前に行かなければなりません。

毎日罪を犯しても、私は深く反省せず、告白もしません。そのため、その罪が私と神様の間に壁を作ってしまいます。

だからこそ、私たちは日々イエス様の前に来て、罪を告白しましょう。イエス様の赦しを願いましょう。そうすれば、イエス様は真実な方なので、私たちをきよめてくださいます。

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