イエス様の裁判を見る前に、少しペテロの話を振り返りたいと思います。
この話については、福音書を統合するのが少し難しいです。 けれども、この話をよく理解すると、ペテロは実際にイエス様を知ることを4回否定したものの、証人たちの前では3回否定したようです。
ペテロの最初の否定は、大祭司の家の中庭で起こりました。
もう一人の弟子(もしかするとヨハネか、あるいは12弟子の外から来た弟子かもしれません)が大祭司をよく知っていたため、中庭に入りました。
そしてその弟子がペテロのことを保証したため、ペテロも中庭に入ることができました。(ヨハネ 18:15-16)
この話に、一人のしつこい女性が登場します。彼女は門番として働いていたので、ペテロが中庭に入った際にこう尋ねました。
あなたも、あの人の弟子ではないでしょうね。(ヨハネ18:17)
ペテロは「違う」と答えました。
そして、彼女から逃れたものの、ペテロが火に当たっていると、彼女は彼を追い、じっと見つめながら言いました。
あなたも、ナザレ人イエスと一緒にいましたね。(マルコ14:67)
そして、大声で、彼女はその場の全員に向かって叫びました。
この人も、イエスと一緒にいました。(ルカ22:56)
それを聞いて、彼らはペテロに訊きました。
あなたもあの人の弟子ではないだろうね。(ヨハネ18:25)
ペテロはこのように答えました。
弟子ではない。何を言っているのか分からない。理解できない。(ヨハネ18:25b;マルコ14:68)
そして、ペテロはすぐに前庭の方に向かいました。 けれども、間もなく、その同じ女性がほかのしもべと共にペテロと対峙しました。
もしかすると、その友人は以前にペテロとイエス様を見たことがあったのかもしれません。 その時、門番はペテロを指して言いました。
「この人はあの人たちの仲間です。」(マルコ 14:69)
さらに、その友人も皆の前でこう言いました。
この人はあの人たちの仲間です。(マタイ26:71)
その中庭にいた一人がそれを聞き、ペテロをじっと見ました。 彼もペテロを認識し、大声で叫びました。
あなたも彼らの仲間だ。(ルカ22:58)
ペテロはそれを聞いて、誓いました。 「いや、違う。そんな人は知らない。」(マタイ 26:72;ルカ 22:58b)
その言葉を聞いて、たぶん皆は一瞬静まったかもしれません。 けれども、1時間後、別の大祭司のしもべが通りかかり、ペテロを見ました。
そのうえ、彼はペテロに耳を切り落とされた人の親類でした。 それで彼はこう言いました。
あなたが園であの人と一緒にいるのを見たと思うが。(ヨハネ18:26)
ペテロがそれを否定しようとした時、別の人が大声で叫びました。
確かに、あなたはあの人たちの仲間だ。ガリラヤ人だから。ことばのなまりで分かる。(マタイ26:73;マルコ14:70)
それを聞いて、ペテロはパニックになり、もし自分が嘘をついているなら呪われてもよいと誓い始めました。そして叫びました。「そんな人は知らない。」(マタイ 26:74)
すると、鶏が鳴きました。
その瞬間、ペテロは大騒ぎの音を聞き、イエス様がピラトの元へ連れて行かれるところを見ました。そしてイエス様は振り向いてペテロをじっと見つめられました。ペテロは自分が何をしたのかを悟り、外に出て激しく泣きました。
これが私が福音書を統合して描いた話です。(もしかすると少し間違いが含まれているかもしれません。)
とにかく、私たちはこの話から何を学ぶことができるでしょうか。
ペテロを批判するのは簡単です。彼の臆病さや偽善を非難することもできるでしょう。しかし、そうする前に、私たちは自分自身の心をまず振り返るべきではないでしょうか。
実は、もし私がペテロだったなら、もっと勇気を持てたかどうか自信がありません。
私自身、十代の時に似たような経験をしました。友人に「君はクリスチャンか?」と尋ねられた時、その質問を避けようとしました。「はい」と正直に答えることができなかったのです。
今でもそのことを思い返すたびに恥ずかしい気持ちになります。
さらに、私は他のクリスチャンが様々な罪に陥るのを見たことがあります。特に性的な誘惑に負けることが多いです。
私自身もそのような誘惑に頻繁に直面します。そして、気をつけなければ私もその罪に陥るかもしれません。私は弱い存在です。神様の恵みによってのみ、私は立つことができています。
私たちが他の人が罪に陥るのを目撃する時、忘れてはならないことがあります。それは、私たち全員が弱いものであるということです。そして誰もが罪に陥る可能性があるのです。
ですから、他人を裁く前にその人を憐れみ、その人の回復のために祈りましょう。
パウロの言葉を心に留めておきましょう。
兄弟たち。もしだれかが何かの過ちに陥っていることが分かったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。
また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。(ガラテヤ人への手紙6:1)
