最初の教会は、成長の過程で多くの困難に直面しました。この箇所では、その一例を見ることができます。
教会の重要な役割の一つは、貧しいメンバーのニーズに応えることでした。けれども、教会が次第に大きくなるにつれて、その働きの責任も大幅に増えていきました。
初めのころ、使徒たちは寄付を集め、食糧を配給していました。そのため、バルナバとアナニアは自分の畑を売り、その代金を使徒たちに渡しました。
しかし、クリスチャンの数が急増し、使徒たちはこの働きを適切に管理できなくなっていきました。
さらに、ヘブル語を話すユダヤ人のやもめたちは食糧を受け取れていましたが、ギリシア語を話すユダヤ人のやもめたちは十分な配給を受けていませんでした。
なぜでしょうか。使徒たちが意図的にギリシア語を話すやもめを差別したとは考えにくいですが、おそらく彼らは忙しすぎて、その働きを十分に行うことができなかったのでしょう。
では、彼らが取った解決策とは何だったのでしょうか。
私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。
その人たちにこの務めを任せることにして、私たちは祈りと、みことばの奉仕に専門します。(使徒の働き6:2-4)
彼らがそのように行動したことで、神様の言葉はさらに広まり、教会は急速に成長し続けました。
私たちはこの話から何を学ぶことができるでしょうか。一つの重要な教訓があります。
牧師やリーダーだけでは、教会のすべての役割を果たすことはできません。
多くの場合、私たちはミニストリーの働きをすべて専門の人々に任せてしまいます。けれども、私たちは皆キリストの体です。私たち一人ひとりが自分の役割を果たすべきです。
その役割を果たすために、私たちは聖霊に満たされなくてはなりません。
教会の働きが十分に機能していないと、多くの人が不満を抱き、リーダーを批判することがあります。しかし、私たちが日々聖霊に満たされ、自分の役割を忠実に果たすなら、リーダーの負担を軽減することができます。
その結果、彼らは神様から与えられた使命に集中し、より良くその働きを進めることができるのです。
私たち自身は、自分に与えられた役割を果たしているでしょうか。
もう一つ大切なポイントがあります。牧師たちは自分自身に問いかけるべきです。「神様は、私に何を求めておられるのだろうか?」と。
そして、その使命を果たすために、どの役割を手放さなくてはならないかを考えなくてはなりません。
さらに、彼らは聖霊に満たされた人々を育てる必要があります。そうすれば、そのメンバーたちは、牧師やリーダーが果たしきれない役割を担うことができるのです。
牧師やリーダーだけでは、すべてのミニストリーの役割を担うことはできません。
私たち一人ひとりが(牧師であれ、一番新しいクリスチャンであれ)そのことを学ぶなら、神様の教会は成長していきます。ところが、それを学ばなければ、神の国の広がりは止まってしまいます。
あなたはどうでしょうか。自分に与えられた役割を果たしていますか。
