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ローマ人への手紙

私たちが今立っている恵み

ローマ人への手紙5章1-2

私はこの箇所を何度も読んだことがあるので、素早く読み通してしまうのは簡単です。けれども、今回は少しゆっくりと、この箇所の言葉をじっくりと考え、噛み締めたいと思います。

パウロはこう言いました。

こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。

このキリストによって私たちは信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。

そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。(ローマ人への手紙5:1-2)

神との平和。

私は自分の家庭について考えます。時々、妻と喧嘩すると、雰囲気がとても緊張します。けれども、仲直りすると、平和が訪れます。気まずい沈黙はなくなり、むしろ微笑んだり、笑ったり、会話を楽しんだりすることができます。

イエス様によって、私たちは神様と同じような関係を持つことができます。

神様のみ前で緊張する必要はありません。「神様は私のことをどう思っているだろう」と不安に思う必要はないのです。

むしろ、神様が私たちを受け入れ、愛してくださっていることを知り、神様との交わりを楽しむことができます。

恵みに立つ。

かつて、私たちは神様の裁判所に立ち、神様の裁きを受ける立場にありました。天の父が刑を宣告されるはずでしたが、そのときイエス様が介入し、私たちを別の場所へ導いてくださいました。

今、私たちは恵みに立っています。私たちの罪はすべて赦されました。

それだけではなく、天の父は私たちに好意を持って私たちを見ておられます。私たちは神様の恵みに値しませんが、天の父は私たちを見て微笑み、喜んで良い賜物を与えてくださいます。

だからこそ、私たちが失敗するとき、恐れるとき、必要を抱えるとき、私たちの立場を思い出すべきです。それは恵みです。裁きではなく、恵みです。

だからこそ、私たちは喜びます。私たちは望みを持っています。

なぜなら、イエス様が十字架で私たちの罪のために死なれたからです。イエス様は、私たちが立っている恵みにアクセスできる道を開いてくださいました。

そして、それは私たちだけではなく、イエス様を信じるすべての人に与えられています。

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