イエス様が天へ帰られたとき、使徒たちは空を見上げていました。そのとき、天使が現れ、こう告げました。
ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。
あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。(使徒の働き1:11)
彼らはそれを聞いて、喜びとともにエルサレムへ戻り、いつも宮にいて神様を礼拝しました。(ルカ24:52-53)
そして、彼らは聖霊様が来られるのを待ちました。(使徒の働き 2章)
聖霊様が降られると、彼らはこの世界を根本から変え始めました。
それから何年か後、パウロはその出来事を思い起こし、こう語りました。
さらにあなたがたは、今がどのような時であるか知っています。あなたがたが眠りからさめるべき時刻が、もう来ているのです。私たちが信じたときよりも、今は救いがもっと私たちに近づいているのですから。
夜は深まり、昼は近づいて来ました。ですから私たちは、闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けようではありませんか。(ローマ人への手紙13:11-12)
要するに、イエス様はすぐにこの世に戻られるので、私たちは目を覚まし、備えているべきです。
夜は深まり、昼は近づいて来ました。(12a)
言い換えれば、サタンの支配は終わりに近づいており、イエス様が戻られる日も間もなく訪れます。
そして、パウロはさらに夜と昼の比喩を用いて、その真理を伝えます。
ですから私たちは、闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けようではありませんか。(12b)
つまり、私たちはサタンの国に属する行為を捨て、イエス様の国にふさわしい行いをするべきだということです。
では、「闇のわざ」とは何でしょうか。13節でパウロはそれについて説明しています。
遊興や泥酔、淫乱や好色、争いやねたみの生活ではなく、昼らしい、品位のある生き方をしようではありませんか。(13)
多くの人々は悪しき行いをするとき、夜を待ちます。しかし、パウロが語ったのは、私たちは光の中を歩むべきだということです。
私たちは、世の民が私たちを見ているかのように振る舞うべきです。それ以上に、神様が私たちを見ておられることを意識して行動すべきです。なぜなら、神様はあなたのすべての行動を見ておられるからです。
また、もう一つ心に留めるべきことがあります。サタンの時は過ぎ去り、十字架によってすでに敗北しました。それにもかかわらず、彼はなお戦い続けています。
だから、私たちはその戦いに備え、光の武具を身に着けるべきです。
私たちの足には平和の福音の備えを履きましょう。そして、信仰の盾、救いのかぶと、御霊の剣を持つことが必要です。(エペソ人への手紙6:14-17)
パウロはこの教えを次のようにまとめています。
主イエス・キリストを着なさい。欲望を満たそうと、肉に心を用いてはいけません。(ローマ人への手紙13:14)
私たちはイエス様を着るべきです。毎日、イエス様の力と品性を身に着けることで、罪に陥ることを防ぐことができます。
イエス様が間もなく戻られることを知っている私たちは、イエス様の十二弟子のように、日々喜びを持ち、聖霊様に満たされて、イエス様のためにこの世に影響を与えましょう。そして、そのようにして、イエス様の再臨の日を待ち望みましょう。
