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コリント人への手紙第一

神の力をもってみ言葉を宣べ伝える

コリント人への手紙第一2:1-5

私は教会でよく話をするし、もちろんこのブログも書いているので、この箇所は私にとって非常に重要です。

パウロは次のように書きました。

兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした。

なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心していたからです。

あなたがたのところに行ったときの私は、弱く、恐れおののいていました。

そして、私のことばと私の宣教は、説得力のある知恵のことばによるものではなく、御霊と御力の現れによるものでした。

それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです。(コリント人への手紙第一2:1-5)

牧師やバイブルスタディーのリーダー、または日曜学校の先生として聖書を教えているなら、この箇所を暗記し、メッセージを準備するたび、そして語るたびに、その言葉を深く味わうべきだと思います。

正直に言えば、私自身もこの箇所をもっと復習すべきなのです。

私は日曜日に良いメッセージを伝えたいと思っています。そして、私のメッセージが分かりやすいものであることを願っています。

しかし、忘れてはならないことがあります。私の言葉や知恵によって人々に影響を与えることはできるかもしれません。けれども、私の力で人を変えようとするには限界があります。

なぜでしょうか。それは、私の知恵と説得力が極めて限られたものだからです。

さらに、私は人々に自分自身を変える力を与えることはできません。彼らは私の言葉を聞いて同意するかもしれません。

彼らは、「敵を愛するべきだと同意します。相手を許すべきだと同意します。罪を捨てて、義を着るべきだと同意します。」と言うかもしれません。

しかし、もし神様が彼らの心の内で働かれないなら、何も変わることはないでしょう。

パウロが理解したのは、人を変えることができるのはただ一つ、それは十字架のメッセージにある神様の力だということです。

十字架にかけられたイエス様の働きによって、私たちは神様との関係を持つことができました。

イエス様の働きによって、神様に対する反抗的な心が取り除かれ、新しい心が与えられました。

イエス様の働きによって、私たちは古い人生を捨て、本当の命を知ることができるのです。

だから、パウロは次のように語りました。

なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心していたからです。(2)

あなたはどうでしょうか。教会でどのようなメッセージを聞いていますか。そのメッセージは、十字架を中心としたものでしょうか。それとも、牧師の知恵に基づいたものですか。

あるいは、「自分自身を変えるべきだ」という内容でしょうか。

もしあなたが聖書を教える立場にあるなら、あなたのメッセージの準備における焦点は何でしょうか。

それは、教会の人々を楽しませることですか。自分の知恵と知識を用いて、人々を感動させようとしているでしょうか。あるいは、あなたはイエス様、とりわけ十字架につけられたキリストを述べ伝えているでしょうか。

あなたが語るとき、神様の力はあなたを通して流れているでしょうか。教会の人々の信仰は、あなたではなく、イエス様に基づいているでしょうか。

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