C.S.ルイスというクリスチャンの著者は、プライドを「最大の罪」と呼びました。なぜでしょうか。それは、プライドが神様と私たちの間に壁を築くだけでなく、私たちと周囲の人々の間にも壁を生み出すからです。
エデンの物語の中で、その問題を見ることができます。エバはプライドによって「神様のようになりたい」と願い、罪に陥ってしまいました。また、プライドによってサタンも罪に落ちたとされています。
今日の箇所では、プライドがコリントの教会を引き裂いていたことが分かります。さらに、プライドはパウロとコリント人の間に壁を作っていました。
コリント人への手紙第一4章4〜13節と18〜19節によれば、コリントの人々はパウロを見下していたようです。自分の持ち物や知識に誇りを持ち、満足していたため、パウロの弱さや苦しみを目にしたとき、彼らは彼を軽蔑しました。
しかし、パウロは彼らに次のように語りました。
それは、私たちの例から「書かれていることを超えない」ことをあなたがたが学ぶため、そして、一方にくみし、他方に反対して思い上がることのないようにするためです。(コリント人への手紙第一4:6)
「書かれていることを超えない」とは、どういう意味でしょうか。
答えははっきりしませんが、おそらくパウロは、キリストにある私たちの立場に関する教えについて語っているのだと思われます。
つまり、私たちの救いは身分や行いによるものではなく、神様の恵みに基づいているのです。
もし私たちが神様の恵みによって救われた者であることを覚えていれば、他の人々を軽蔑することはありません。また、リーダーたちを比較することもありません。
パウロはその真理を明確に教え、コリントの人々に思い出させました。
いったい誰が、あなたをほかの人よりも優れていると認めるのですか。
あなたには、何か、もらわなかったものがあるのですか。
もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。(7)
最初の答えは少し曖昧です。もしかすると、パウロは「私は偉い」という態度を批判しているのかもしれません。
もしそれがパウロの意図であるなら、その答えは「あなたを他の人よりも優れていると認める者は誰もいません」となるでしょう。
けれども、パウロのポイントは別の可能性も考えられます。「もしあなたが本当に優れている人なら、それは神様の恵みによってその立場が与えられたのです。」
最後の二つの答えは明確です。二番目の答えは「何も」です。つまり、あなたが受け取らなかったものは何もないのです。
そして、三番目の答えは「あなたには誇る理由がありません。」
これらの答えを考えると、私たちは謙遜な態度を持たなければならないのです。
しかし、多くの場合、私たちはそのようには考えません。むしろ、私たちのプライドによって、神様との間に壁を築き、さらには周囲の人々との間にも壁を作ってしまいます。
もし私たちが神様の恵みを深く実感するなら、私たちの考え方は大きく変わるでしょう。そして、神様との関係だけでなく、配偶者との関係、教会の人々との関係、さらにはその他の人間関係もどれほど良くなることでしょうか。
あなたはどうでしょうか。あなたのプライドによって、どのような壁を築いてしまっているでしょうか。
