人々に仕えることを考えるとき、私は通常、神様から与えられた務めを果たすことだけに意識を向けます。もちろん、それは重要なことです。
パウロはこう書きました。
兄弟たちよ、あなたがたに勧めます。ご存じのとおり、ステファナの一家はアカイアの初穂であり、聖徒たちのために熱心に奉仕してくれました。
あなたがたも、このような人たちに、また、ともに働き、労苦しているすべての人たちに従いなさい。(コリント人への手紙16:15-16)
パウロは、ステファナとその家族の奉仕を認めました。そして、コリントの人々に、そのような人々に従うべきだと勧めました。なぜなら、ステファナたちはただ奉仕するだけでなく、その働きに大いに労苦していたからです。
奉仕は決して容易なものではありません。もちろん、神様はその務めを果たすために私たちに霊的な賜物を与えてくださいます。それでも、その働きを忠実に果たすためには、時間と努力を惜しまず捧げなければなりません。ステファナはまさにそのような人でした。
パウロは彼についてこう言いました。
ステファナとポルトナトとアカイコが来たので、私は喜んでいます。あなたがたがいない分を、彼らが埋めてくれたからです。
彼らは、私の心とあなたがたの心を安らがせてくれました。このような人たちを尊びなさい。(17-18)
私たちは、どれほど相手の心を安らげることの大切さを考えているでしょうか。
あるクリスチャンたちは勤勉に奉仕し、その働きを見事にこなすかもしれません。
けれども、彼らのもとを離れたとき、周囲の人々は安らぎを感じるどころか、むしろ疲れ果ててしまうことがあります。なぜでしょうか。
それは、その奉仕者が傲慢で短気であり、いつも他者を批判し、見下しているからです。
一方で、ステファナたちはそのような人ではありませんでした。ステファナたちのもとを訪れた人々は、いつも心の安らぎを感じていました。私たちも、ステファナたちのような人々になりたいものです。
では、あなたはどうでしょうか。周囲の人々はあなたのことをどう感じているでしょうか。あなたに会った後、彼らは疲れ果ててしまうでしょうか。あなたの態度のせいで、彼らはあなたを避けたいと思うでしょうか。
それとも、あなたは彼らを魅了しているでしょうか――それは、あなたの素晴らしい奉仕によるものではなく、いつも彼らに安らぎを与えているからです。
神様の愛が私たちを通して流れ、人々の心を安らげるものとなりますように。
ソロモンはこう記しました。
おおらかな人は豊かにされ、 他人を潤す人は自分も潤される。(箴言11:25)
