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ガラテヤ人への手紙

信仰によって歩み続ける

ガラテヤ人への手紙3:1ー5

クリスチャンになった後、「良いクリスチャン」になるためにキリスト教のルールに従わなければならないと思う人は少なくありません。

なぜなら、私たちの社会では、学校のクラブ、会社、家族など、どこでも従うべきルールや果たすべき義務があるからです。

そのため、クリスチャンになると、多くの人はこう考えます。

「ルールは何だろうか。クリスチャンとして、私は何をしなければならないのか。毎日、聖書を読まなければいけないのか。毎日、何分(何時間?)ぐらい祈らなければならないのか。教会で、どのように仕えるべきなのか。」

そして、そのルールに従わないと、罪悪感を抱き始めます。自分が「悪いクリスチャン」だと思うからです。

さらに、周囲のクリスチャンたちは、新しく信仰を持った人にさまざまなルールを教え始めます。

「本当のクリスチャンはお酒を飲みません。本当のクリスチャンは決して教会を休みません。本当のクリスチャンは什一献金をささげなければなりません。」

ガラテヤの教会では、このような問題が発生しました。ユダヤ人クリスチャンたちは、ガラテヤのクリスチャンたちにこう言いました。

「もちろん、クリスチャンになるための最初のステップはイエス様を信じることです。しかし、その後、割礼を受けなければなりません。また、豚肉やその他の『汚れた食べ物』を食べてはいけません。安息日を正しく守ることも忘れてはいけません。」

彼らがまるで権威を持っているかのように話したため、ガラテヤ人たちは彼らを信じました。その結果、パウロは困惑し、叫びました。

ああ、愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、目の前に描き出されたというのに、だれがあなたがたを惑わしたのですか。(ガラテヤ人への手紙3:1)

そして、パウロは彼らに尋ねました。

これだけは、あなたがたに聞いておきたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも信仰をもって聞いたからですか。(2)

また、

あなたがたに御霊を与え、あなたがたの間で力あるわざを行われる方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それとも信仰をもって聞いたから、そうなさるのでしょうか。(5)

その明らかな答えは、ガラテヤ人たちが聖霊様の賜物や神様からのその他の祝福を、神様の律法への従順によってではなく、むしろ彼らが聞いた福音を信じることによって受けたということです。

だから、パウロは彼らに尋ねました。

あなたがたはそんなにも愚かなのですか。御霊によって始まったあなたがたが、今、肉によって完成されるというのですか。(3)

要するに、私たちのクリスチャン生活は信仰によって始まり、それが単なるルールの遵守に変わるわけではありません。むしろ、私たちは毎日、信仰によって生き続けます。また、私たちのクリスチャン生活は恵みによって始まり、恵みによって続くものです。

私たちのクリスチャン生活は、単に神様のルールに従うことではありません。私たちの焦点は神様のルールの遵守ではないのです。

むしろ、私たちは毎日イエス様に目を向けなければなりません。私たちは毎日イエス様と共に歩み、その声を聞き、イエス様を信じ、イエス様が語られることに従います。

そして、私たちがイエス様を信じ、信仰によって踏み出すと、イエス様はご自身の言葉に従う力を私たちに与えてくださいます。それがクリスチャンの生活です。もう一度、私は言います。クリスチャンの生活は単なるルールの遵守ではありません。

あなたはどのようにクリスチャンの生活を送っているでしょうか。あなたの焦点は、努力してさまざまなルールを守ることですか。

そのような生活を送ろうとするなら、結局罪悪感に陥ることになります。なぜなら、それらのルールを完全に守ることができないからです。

だからこそ、イエス様に焦点を向けましょう。イエス様に近づくこと、イエス様の声を聞くこと、イエス様の導きに従うことを学びましょう。それが信仰によって生きる人生です。それこそがクリスチャンの生活です。

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