エペソ人への手紙1~2章を読むと、神様がイエス様を信じる私たちに何を与えてくださったのか、その驚くべき恵みにあらためて心を打たれます。
パウロは、この手紙を賛美の言葉で始めています。
私たちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天上にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。(エペソ人への手紙1:3)
私たちは、どのような祝福を受けたのでしょうか。
すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。
神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。
それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。
このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。この恵みを、神はあらゆる知恵と思慮をもって私たちの上にあふれさせ。。。(4-8)
それは、なんと素晴らしいことでしょう。パウロによれば、神様はこの世を造られる前から、すでに計画を持っておられました。神様は、私たちがご自分の御前で聖く、傷のない者となるように、私たちを選ばれたのです。
私たちが罪深く、反抗的な者になることをよくご存じであったのに、それでもなお神様は私たちを選ばれました。
そのため、神様は私たちを救い、ご自分の子として養子にする計画を立ててくださいました。
私たちの罪が赦されるようにと、イエス様をお遣わしになりました。イエス様は十字架で死なれ、私たちの罪の罰を身代わりに受けてくださいました。
イエス様の血によって、神様は罪の奴隷であった私たちを自由にし、ご自分に愛されている息子や娘として、私たちを養子にしてくださいました。
さらに、「聖霊様は、私たちが御国を受け継ぐことの保証です。」(14節)
聖霊様は私たちを守り、サタンが私たちの神様との関係を壊そうとする試みを阻んでくださいます。また、聖霊様の臨在と、私たちの人生におけるその働きは、天国の片鱗です。なぜなら、天国に行けば、私たちは神様の御業を見、神様のみ顔を仰ぐことができるからです。
なぜ神様はそのように私たちを祝福してくださるのでしょうか。それは、私たちの良い行いへの報いなのでしょうか。いいえ、そうではありません。神様のみこころの良しとされるところに従って、そうしてくださったのです。
神様が選ばれたとき、誰を救い、誰を救わないかを無作為に決められたのではありません。むしろ、パウロによれば、神様は愛をもって私たちを選ばれました。私たちはその愛にふさわしくなかったのに、それでも神様は愛をもって、私たちに豊かな恵みを注いでくださいました。
神様がなぜ私たちを選ばれたのか、私たちには決して分からないでしょう。しかし、神様はご自身のご計画に基づいて、私たちを愛してくださったのです。
そういうわけで、救いの栄光は私たちに属するものではありません。むしろ、この個所で、パウロは三度こう語っています。「このすべては、神様の栄光のためです。」(6、12、14)
簡潔に言えば、私たちは神様の驚くべきご計画の一部です。その計画とは、この反抗的で罪深く、混乱した世界を、イエス様の支配のもとに一つにまとめ上げることです。
率直に言うと、私はこの真理の素晴らしさを十分に伝えることはできないと感じています。
神様とその恵みの素晴らしさを語り尽くせる言葉は、私にはないと思います。
だからこそ、私はしばらく黙って、その恵みを静かに噛み締めたいと思います。
