今日の箇所では、私たちの人間関係が、どのように天の父との関係を映し出しているかが分かります。
エペソ人への手紙5章では、パウロは私たちと神様との関係を結婚に例えています。 教会がキリストに従うように、妻も夫に従うべきです。
そして、キリストが教会を愛し、ご自身のからだの一部として大切にされたように、 夫たちも妻を愛し、自分のからだの一部として扱うべきなのです。 なぜなら、神様の目には、夫婦はすでに一つとされているからです。
6章では、パウロは神様との関係を親子関係に例えています。 パウロはこう語っています。
子どもたちよ。主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。(エペソ人への手紙6:1)
どうして、子どもが自分の両親に従うことが正しいのでしょうか。 それは、神様が子どもたちを両親に委ねられたからです。 子どもが成長する間、神様は子育ての責任を両親に託しておられます。
ですから、たとえ両親の指示や戒めの理由が理解できなくても、子どもたちは両親に従うべきなのです。
もう一つの理由は、親子関係が、私たちと神様との関係を映し出すものだからです。
神様は、私たちの天の父です。 そして、私たちの地上の両親とは違って、神様は常に何が最善であるかをご存じです。 ですから、たとえ神様の指示や戒めの理由が理解できなくても、私たちは御言葉に従うべきです。 そうしてこそ、私たちは神様の祝福を受けることができるのです。
このような理由から、パウロは語っています。
「あなたの父と母を敬え。」これは約束を伴う第一の戒めです。「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」という約束です。(エペソ人への手紙6:2-3)
両親に対する子どもたちの従順によって生まれる祝福は、 私たちの神様への従順によってもたらされる祝福を映し出しているはずです。
ところが、すべての親子関係がその祝福を映しているわけではありません。 どうしてでしょうか。 それは、両親の行いが、必ずしも神様のご性質や行いを正確に表しているとは限らないからです。
ある両親は、子どもたちをきちんと懲らしめません。 または、彼らの懲らしめはあまりにも厳しすぎることがあります。
ある両親は、子どもを褒めることなく、常に批判を繰り返します。 そのようなやり方が、子どものやる気を引き出すと思っているからです。
また、子どもたちが困難に直面しているとき、 彼らに共感を示さない親もいます。
こうした行いによって、親子の関係は壊れてしまい、 子どもたちの神様に対するイメージも歪められてしまうのです。
だからこそ、パウロは両親に命じているのです。
父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。(4)
天の父が私たちを愛し、育ててくださるように、 私たちも自分の子どもを愛し、育てなければなりません。
では、次の二つのことを考えてみてください。
1.ご両親があなたを育てたとき、その育て方はどれほど神様のご性質を映していたでしょうか。 もし彼らの模範が良くなかったとしても、彼らから目を離して、神様に目を向けてください。 あなたの両親がどれほど失敗したとしても、神様は決して失敗されません。
2.あなたは、自分の子どもに神様のことを正しく映し出しているでしょうか。 彼らは、あなたのうちに神様を見ることができるでしょうか。
私もまた、失敗するときが多くあります。 ですから、神様が私を変えてくださるようにと祈っています。 すなわち、娘が私のうちに神様を見出せるようにと願っているのです。
あなたは、良い親でしょうか。
