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エペソ人への手紙

共に立ち、サタンに対抗する

エペソ人への手紙6:10-24

私たちは敵国に住んでいます。 あなたがそれを知っているかどうかは分かりません。 でも、それは真実です。

パウロはこう言います。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。(エペソ人の手紙6:12)

「この暗闇の世界。」 言い換えれば、「敵が支配しているこの世界。」

けれども、その敵は人間ではありません。 それらは霊的な存在、すなわちサタンや悪霊たちです。 彼らはこの世界を支配しています。 だからこそ、この世界は“暗闇の世界”なのです。

その現実は、私たちにもはっきりと見えてきます。 人々の道徳は次第に崩れてきています。 かつて善とされたことが、今では悪と見なされ、 逆に、かつて悪とされたことが、今では善と見なされています。

このような状況について、預言者イザヤは語りました

わざわいだ。悪を善、善を悪と言う者たち。彼らは闇を光、光を闇とし、苦みを甘み、甘みを苦みとする。(イザヤ書5:20)

パウロもまた、同様のことを語りました。

というのは、人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め(ます)。(第2テモテ4:3)

そのときは、すでに来ています。 それこそが、今私たちが生きている世界です。 だからこそ、パウロは私たちに訓戒を与えるのです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具を取りなさい。(エペソ人への手紙6:13)

「邪悪な日」とは、どういう意味でしょうか。 おそらく、パウロは迫害について語っているのでしょう。

ある時、人々はもはやキリスト教を受け入れなくなります。 アメリカでは、実際に迫害を受けているクリスチャンたちがいます。 カナダでは、「憎悪犯罪法」によって、ラジオ番組やYouTubeなどで クリスチャンたちの声が検閲されることもあるのです。

では、クリスチャンたちはどのように戦うべきでしょうか。

私たちは、自分の力で戦うのではありません。 パウロはこう語っています。

主にあって、その大能の力によって強められなさい。(10)

私たちは、銃や政治、議論、その他の人間的な武器に頼ってはなりません。 むしろ、パウロはこう語ります。

悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。(11)

私はもう一度言います。 私たちは人間と戦っているのではありません。 私たちは、この暗闇の世界の霊的な力と戦っているのです。

そして、もう一つのことを改めて強調したいと思います。 パウロは個々のクリスチャンに対して語っているのではなく、 教会全体に語りかけています。

もちろん、個々のクリスチャンも神の武具を身につけ、 悪魔の策略に立ち向かうべきです。 しかし、それは教会の一人ひとりが協力して行うべきことなのです。

パウロの言葉を言い換えると、こうなります―― 「皆さん。あなたがた全員が、悪魔の策略に立ち向かうことができるように、 神のすべての武具を身につけなさい。」

イエス様はこう言われました。

どんな国でも内輪もめしたら荒れすたれ、家も内輪で争えば倒れます。(ルカ11:17)

もし教会が内輪で争っているなら、 サタンに対して堅く立つことはできません。 だからこそ、「一致」というテーマはこの箇所でも極めて重要なのです。

神様は、私たちをキリストのもとに一つとされました。 けれども、サタンは私たちを分裂させようとします。 内輪で争っている教会は、団結している教会よりも、 はるかに壊れやすいのです。

同じように、一人で立っているクリスチャンは、 支え合い、守り合っているクリスチャンたちよりも、 攻撃されやすく、滅ぼされやすい存在です。

ですから、この暗闇の世界と向き合うとき、私たちはどのように戦うのでしょうか。 分裂した教会としてでしょうか。 弱体化した教会としてでしょうか。 自分の力で、人間的な武器を用いて戦うのでしょうか。

それとも、私たちは一致して、主の力によって、 霊的な武具を身につけて戦うのでしょうか。

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