この箇所を一言でまとめるとすれば、それは「忠実さ」です。
テキコは「主にあって愛する兄弟、忠実な奉仕者、そして同労のしもべ」と呼ばれています。
オネシモはかつて不忠実なしもべでした(ピレモンへの手紙参照)が、今では「忠実な、愛する兄弟」となりました(コロサイ人への手紙4:9)。
アリスタルコは忠実な人だったので、主のためにパウロと共に牢に入っていました。
マルコはバルナバのいとこであり、かつてのオネシモのように不忠実な人でした。パウロとバルナバの宣教旅行に同行しましたが、その途中で彼は引き返してしまいました(使徒の働き13:13)。
けれども今、彼は忠実な人となり、ユストと共に、獄中のパウロを励ましています(コロサイ人への手紙4:10ー11)。
エパフラスは忠実にコロサイの人々のために祈りに励んでいました。さらに、彼は彼らのために多くの苦労を重ねていました(12ー13)。
残念ながら、デマスは最終的に不忠実な人となってしまいました。彼はこの世を愛して、パウロを見捨てたのです(第二テモテ4:10)。
そしてこの手紙を締めくくる前に、パウロはアルキポという人にひとこと訓戒を与えました。
主にあって受けた務めを、注意してよく果たすように。(コロサイ人への手紙4:17)
簡単に言えば、それは「忠実に生きなさい」ということです。
あなたはどうですか。あなたは忠実な人でしょうか。
もしあなたが、今の自分は忠実だと思うなら、どうかデマスの例を思い出してください。この世への愛ゆえに、忠実さを失ってしまってはなりません。
反対に、自分はまだ忠実とは言えないと思うなら、マルコやオネシモのことを思い出してください。彼らもかつては不忠実な者でしたが、神は彼らにもう一度チャンスを与えてくださいました。
同じように、神は今もあなたに、もう一つのチャンスを与えてくださるのです。
ですから、忠実に生きましょう。そうすれば、やがて裁きの日に、私たちは神に誉められるのです。
