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テモテへの手紙第ー

麻痺した良心

テモテへの手紙第一4:1-6

現代において、多くの人々は、善と悪とを見分けることができません。彼らは悪を「善」と呼び、善を「悪」と呼ぶのです。

なぜ、人々はこれほどまでに混乱しているのでしょうか。

ところが、この混乱は今に始まったことではありません。パウロの時代にも、同じ問題が存在していました。そしてこの箇所で、パウロはその原因を明らかにしています。

パウロは、テモテに次のように書いています。

しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。

それは、良心が麻痺した、偽りを語る者たちの偽善によるものです。

彼らは結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人々が感謝して受けるように、神が造られたものです。

神が造られたものはすべて良いもので、感謝して受けるとき、捨てるべきものは何もありません。神のことばと祈りによって、聖なるものとされるからです。

これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたは、信仰のことばと、自分が従ってきた良い教えのことばで養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。(テモテへの手紙第一4:1-6)

パウロがテモテに警告したのは、やがて多くの人々が信仰から離れ、悪霊の教えに従うようになるということでした。そのような教えに見られる特徴は、人々が善と悪との区別を失っているという点です。

なぜ、これほど多くの人々がそのような教えに騙されてしまうのでしょうか。

それは、彼らの良心が麻痺してしまっているからです。善と悪を見分けられないほどに、その良心は深く傷つけられているのです。

そのため、パウロの時代にも、神様が「良い」とされたものを「悪い」と呼ぶ人々が存在していました。たとえば、結婚や食物のことなどです。

一方で、彼らはさまざまな議論を持ち出し、福音をぼかし、教会を分裂させながら、その議論を「良い」と呼んでいたのです。

現代において、人々はさまざまな事柄をめぐって議論していますが、問題の本質は変わりません。つまり、麻痺した良心のゆえに、彼らは悪を「善」と呼び、善を「悪」と呼ぶのです。

そのため、パウロはテモテにこう命じました。

「あなたは、若いころから学んできた真理を人々に教えなさい。彼らが偽教師に騙されることを許してはなりません。彼らの良心が麻痺していくことを見過ごしてはなりません。」

今なお、牧師や教会の教師たちは、パウロのこの戒めを真剣に受け止めるべきです。神様のことばを曲げてはなりません。たとえこの文化が御言葉を書き換えようとしたとしても、それを許してはなりません。

もし私たちがこの時代の価値観に屈するなら、 私たちは知らぬ間に悪霊の教えを受け入れることになるのです。

あなたが牧師や教師でなかったとしても、御言葉に精通していなければなりません。文化を基準とするのではなく、神様のことばを自分の基準としなければならないのです。さもなければ、あなたの良心は鈍くなり、やがて麻痺してしまうでしょう。

あなたはどうでしょうか。自分の文化に合わせるために、聖書のことばをゆがめてはいませんか。

悪霊の教えによって、あなたの良心が鈍らされることがないようにしましょう。むしろ、いつも神様の御言葉を信じ、善を「善」、悪を「悪」とはっきり呼び続けましょう。

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