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テモテへの手紙第二

良い教師になるのに

テモテへの手紙第二2章

この箇所を読むと、私がどんな教師であるべきか挑戦されていると感じます。

神様のみ言葉の良い教師になるのに、私たちは何をすべきでしょうか。

1.私たちが知っていることを教えるべきです。

特に、次の世代の教師たちにその知恵と知識を伝えるべきです。そうすれば、私たちが亡くなっても、その知識と知恵はなくなりません。(テモテへの手紙第二2:2)

2.私たちの人生と教えに関して、私たちは忠実な人であるべきです。

迫害されても、苦しんでも、神様の教えを曲げてはいけないし、罪に負けてはいけません。

むしろ、兵を募った人、つまり、イエス様を覚えていなくてはいけません。イエス様こそ、私たちが喜ばせるべきお方です。

もし周りの人々を喜ばせようとすると、イエス様を喜ばせることができません。むしろ、私たちはイエス様の教えを曲げてしまい、罪に落ちてしまいます。(3-4節)

3.聖書を教える仕事を怠ってはいけません。

聖書を解釈するルールをちゃんと知らなくてはいけません。でもそれだけではなく、その真理を分かりやすい方法で提示しなくてはいけません。

そうすれば、私たちはその収穫を刈ります。つまり、私たちが教える人々の人生は変わるということです。

4.私たちは神様のみ言葉をしっかりと噛み締める必要があります。

多くの人々は、ある聖句をすでに理解したと思い込んで、その言葉をただざっと読むだけで終わらせてしまいます。その結果、その意味を深く味わうことができません。

しかし、私たちはそうしてはいけません。むしろ、み言葉について深く思いを巡らせるべきです。

そうすることで、神様が私たちの予想を超えた真理を示してくださるかもしれません。(7節)

5.説教の中で、私たちはイエス様のことを宣べ伝えるべきです。

イエス様は、私たちの説教の中心であるべきです。なぜなら、イエス様とその福音こそが人々の人生を変えることができるから。(8-9節)

6.私たちが教えている人たちの救いを求めなくてはいけません。

議論に勝つことは私たちの目的ではありません。むしろ、私たちの目的は人々の救いです。

だから人々と話すとき、彼らに愛を示しましょう。彼らの考え方が間違っているなら、私たちは優しくし、よく教え、よく忍耐し、彼らを柔和に教え導くべきです。

また、神様が彼らに悔い改めの心を与えてくださるように祈るべきです。彼らは私たちの敵ではありません。私たちの敵サタンが彼らを捕えたので、神様は彼らを自由にしたいと思われます。(10,24-26節)

7.私たちは愚かで無知な議論を避けるべきです。

ある議論はたくさんの熱を生み出すが、光を全然生み出しません。そんな議論を避けるべきです。(14,23節)

8.私たちは教会に感染した偽教えを避けるべきです。

その教えによって、人々は神様のみ言葉に反対し、否定してしまいます。そんな教えはすぐに広まって、聞き手に感染して、滅ぼしてしまいます。それが起こるなら、神様は私たちの責任を問われます。(16-17節)

9.最後に、私たちは、神様が用いることができる聖い器であるべきです。

私たちは罪を避け、義と信仰と愛と平和を追い求めるべきです。(20-22節)

あなたはどうですか。あなたはどのような教師でしょうか。

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