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テトスへの手紙

敬虔な人生に召される

テトスへの手紙2:2-3:2

今日の箇所によれば、私たちは神様の民として敬虔な人生を送るように召されます。

多くの人々は自分がクリスチャンだと主張します。しかし、パウロは彼らに関してこう言います。

彼らは、神を知っていると公言しますが、行いでは否定しています。彼らは忌まわしく、不従順で、どんな良いわざにも不適格です。(テトスへの手紙1:16)

もしあなたが自分がクリスチャンだと主張するなら、自分勝手な人生を送ってはいけません。むしろ、神様は私たちが聖なる人生を送るように召されます。

聖なる人生とはどのような人生でしょうか。

パウロは説明します。

年配の男の人には、自分を制し、品位を保ち、慎み深く、信仰と愛と忍耐において健全であるように。

同じように、年配の女の人には、神に仕えている者にふさわしくふるまい、人を中傷せず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。

そうすれば、彼女たちは若い女の人に、夫を愛し、子どもを愛し、慎み深く、貞潔で、家事に励み、善良で、自分の夫に従順であるように諭すことができます。神のことばが悪く言われることのないようにするためです。

同じように、若い人には、あらゆる点で思慮深くあるように勧めなさい。(テトスへの手紙2:2-6)

それらはとても実用的な指示です。

そして、パウロは奴隷たちに話していますが、その指示は現代の雇われ人たちにも当てはまります。

奴隷には、あらゆる点で自分の主人に従って、喜ばれる者となるようにし、口答えせず、盗んだりせず、いつも善良で信頼できることを示すように勧めなさい。

それは、彼らがあらゆる点で、私たちの救い主である神の教えを飾るようになるためです。(テトスへの手紙2:9-10)

その後、パウロは権威者たちに対する私たちの態度について話します。つまり、私たちはその人たちに従うべきです。(テトスへの手紙3:1)

そして、パウロは私たちがどのように互いに扱い合うべきかについて話します。

また、だれも中傷せず、争わず、柔和で、すべての人にあくまで礼儀正しい者となるようにしなさい。(テトスへの手紙3:2)

また、パウロは直接テトスに話します。

また、あなた自身、良いわざの模範となりなさい。人を教えることにおいて偽りがなく、品位を保ち、非難する余地がない健全なことばを用いなさい。

そうすれば、敵対する者も、私たちについて何も悪いことが言えずに、恥じ入ることになるでしょう。(テトスへの手紙2:7-8)

要するに、テトスがその指示を教会の人々に教えるだけではなく、テトス自身が彼らの模範となるべきです。そうすれば、ノン・クリスチャンたちはイエス様とその教えを正当に責めることができません。

しかし、あるクリスチャンたちはこう言うかもしれません。「でも、私たちは恵みによって救われたでしょう。その指示は律法主義的なものに聞こえます。」

もちろん、私たちは恵みだけによって救われました。でも本当の恵みとはどのようなものでしょうか。本当の恵みは、私たちが自分勝手な人生を送ることを教えるでしょうか。違います。

その恵みは、私たちが不敬虔とこの世の欲を捨て、今の世にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるイエス・キリストの、栄光ある現れを待ち望むように教えています。

キリストは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとしてきよめるため、私たちのためにご自分を献げられたのです。(テトスへの手紙2:12-14)

恵みは、私たちが不敬虔な人生を送る許しではありません。逆に、私たちが恵みを与えられた理由は、私たちが聖なる人生を送るためです。

イエス様は罪から私たちを自由にし、ご自身の血によって私たちを清めて、ご自身の民にしてくださいました。イエス様の民として、私たちはイエス様を喜ばせ、良いことを熱心にする人であるべきです。

パウロはその真理を大切にして、テトスにこう言いました。

あなたは、これらのことを十分な権威をもって語り、勧め、戒めなさい。だれにも軽んじられてはいけません。(テトスへの手紙2:15)

あなたはどうですか。神様の恵みを乱用して、自分勝手な人生を送っているでしょうか。

それとも、イエス様があなたのためにしてくださったことに感謝し、イエス様を喜ばせたいと思うでしょうか。

クリスチャンとして、あなたは敬虔な人生を送るように召されています。あなたはそのように生きているでしょうか。

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