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ヘブル人への手紙

キリストを拒むなら

へブル人への手紙10:26-31

「あなたはキリストに関してどうするでしょうか。」

これは、誰もが最終的に向き合わなければならない問いです。

イエス様に信頼することを選ぶ人は、この世において真のいのちを見出し、永遠のいのちを受け取ります。

しかし、イエス様のことばを聞いて拒む人にとっては、将来に希望が全くありません。

それこそが、この手紙の著者が語っている厳粛な警告です。彼はこう言います。

もし私たちが、真理の知識を受けた後、進んで罪にとどまり続けるなら、もはや罪のきよめのためにはいけにえは残されておらず、ただ、さばきと、逆らう者たちを焼き尽くす激しい火を、恐れながら待つしかありません。

モーセの律法を拒否する者は、二人または三人の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死ぬことになります。

まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものと見なし、恵みの御霊を侮る者は、いかに重い処罰に値するかが分かるでしょう。(へブル人への手紙10:26-29)

著者の要点は何でしょうか。

もし、私たちがイエス様の十字架のいけにえをあえて拒むなら、もはや救いの望みは残されていません。なぜなら、ほかに救いの道はないからです。神様は、ほかの生贄や捧げ物を受け入れず、私たちの献金や良い行いも受け入れられません。

この手紙の著者によれば、天使を通して与えられたモーセの律法を拒んだ者は、二人または三人の証人の証言によって死刑にされました。

それならなおさら、イエス様がご自身の血によって私たちの救いを買い取り、それを差し出してくださったにもかかわらず、私たちがその救いを拒むなら、どれほど重い罰に値するでしょうか。

そのような者は、尊い血をくだらないもののように扱い、イエス様を踏みつけ、聖霊様を侮辱するのです。

その結果は?

私たちは、「復讐はわたしのもの、わたしが報復する。」

また、「主は御民をさばかれる」と言われる方を知っています。

生ける神の手の中に陥ることは恐ろしいことです。(30-31)

言い換えれば、私たちは裁きを受けます。イエス様が私たちの罪の代価を支払ってくださることを拒むなら、その代価を自分で支払わなければならず、私たちは永遠に地獄にとどまることになります。

あなたはどうするでしょうか。イエス様を受け入れますか。イエスの血によって支払われた恵みの賜物を受け取りますか。

それとも、その賜物に唾を吐き、反抗的な道を歩み続けますか。

あなたは、神様の怒りを受けることも、神様の恵みを受けることもできます。あなたはどちらを選びますか。

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