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ヘブル人への手紙

見えないものを見える信仰(2)

へブル人への手紙11:11-12

「それは無理です。私はできません。」

自分の状況に目を向けると、私たちはどれほどこの言葉を口にしているでしょうか。また、どれほど心の中でこの言葉が浮かんでいるでしょうか。

アブラハムとサラも、そう感じたことがあったに違いありません。

アブラハムが75歳、サラが65歳のとき、神様は彼らに「息子を与える」と約束されました。けれども、24年が過ぎても赤ちゃんは生まれませんでした。

その間、二人は自分たちなりの計画を立てました。相続人を得るために、サラは自分の奴隷ハガルをアブラハムに与え、ハガルはアブラハムの子を産みました。

しかし、神様は言われました。「それが私の意図ではありません。サラを通して、私はあなたたちに息子を与えるのです。」

その言葉を聞いて、アブラハムは笑いました。彼は99歳、サラは89歳。それでも神様は、もう一度約束されたのです。「サラは赤ちゃんを産みます。」

アブラハムは、その言葉を聞いて、到底無理だと思ったことでしょう。

それでも最終的に、アブラハムとサラは自分たちの弱さを認めながらも、現実にとらわれることなく、神様にはすべてのことができると信じる道を選びました。だからこそ、彼らは子どもをもうけようとし続けたのです。

この手紙の著者は、彼らについてこう記しています。

アブラハムは、すでにその年を過ぎた身であり、サラ自身も不妊の女であったのに、信仰によって、子をもうける力を得ました。彼が、約束してくださった方を真実な方と考えたからです。

こういうわけで、一人の、しかも死んだも同然の人から、天の星のように、また海辺の数えきれない砂のように数多くの子孫が生まれたのです。(へブル人への手紙11:11-12)

あなたはどうでしょうか。自分の問題を乗り越えることは、到底無理だと感じていませんか。

私たちの弱さに目を向けると、希望を失うのは、あまりにも簡単です。でも、神様は弱さを持っていません。

あなたは、自分の弱さを脇に置いて、弱さのない神を信じる信仰を持っていますか。

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