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ヘブル人への手紙

誰を恐れるべきかを知る信仰

へブル人への手紙11:23-31

「私たちが神様を恐れると、私たちが恐れるべき人間は誰もいない」という格言があります。

イエス様ご自身も、こう言われました。

からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。

むしろ、たましいもからだもゲヘナ(つまり、地獄)で滅ぼすことができる方を恐れなさい。(マタイ10:28)

今日の箇所では、その言葉に従って生きた人々の姿が描かれています。彼らは、誰を恐れるべきかを知っていました。それは、王や支配者ではなく、むしろ神様でした。

さらに彼らが理解していたのは、神様に信頼しなければ、神様の怒りから守ってくれる者は誰もいないということです。

モーセの両親は、神様を恐れていたので、ファラオがユダヤ人の赤ちゃん全員の殺害を命じたとき、モーセを隠しました。それが限界になったとき、彼らはモーセを神様に委ねました。神様は彼らの祈りに応えて、モーセを守ってくださいました。

モーセは、エジプトの王子として、楽な人生を送ることができました。それでも、神様を恐れていたので、すべてを捨て、キリストのゆえに受ける辱めを受け入れ、他のイスラエル人と共に苦しみました。

モーセが確信していたのは、神様との良い関係を持っていなければ、この世の快楽は空しいものであるということです。さらに彼は、神様に従えば、永遠の報いを受けると信じていました。

だからモーセは、ファラオの憤りを恐れず、神様の民と共にエジプトを離れました。

神様に対する恐れによって、モーセは過ぎ越しの食事をし、羊の血を家々の二本の門柱と、かもいにつけました。その結果、イスラエル人の長男は、天使に殺されることはありませんでした。

その反面、エジプト人たちは他の神々を恐れていたため、自分たちの長男は命を落としました。ファラオ自身も神と見なされていましたが、彼の長男も命を落としました。

イスラエル人たちは神様を恐れていたので、その後、紅海を無事に渡ることができました。一方、エジプト人たちはファラオを恐れていたため、紅海を渡ろうとしたとき、水に吞み込まれてしまいました。

イスラエル人たちは神様を恐れていたので、神様の不思議な作戦に従いました。彼らが7日間エリコの周囲を回ると、その城壁は崩れ落ちました。

ほとんどのエリコの住民は、その城壁に信頼していましたが、ラハブはそうしませんでした。むしろ、彼女は神様を恐れ、偵察に来たイスラエル人たちをかくまいました。そのため、エリコが倒れたとき、彼女とその家族は救われました。

私のポイントは何でしょうか。

あなたは誰を恐れているでしょうか。誰に信頼を寄せているでしょうか。

もし神様ではなく、政府やお金や才能に信頼を置くなら、裁きの日に私たちは滅びてしまいます。そういったものは、私たちを救うことができないからです。

また、私たちが人を恐れると、自分のいのちは守れるかもしれませんが、私たちの魂は永遠に滅びます。

しかし、神様を恐れて神様に信頼すると、神様から誉れと報いを受けることができます。

あなたは誰に信頼を寄せているでしょうか。誰を恐れていますか。

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