私にはちょっと告白したいことがあります。私は、どうしてこの手紙の著者が、ギデオンやサムソンのような人々を信仰の模範として指したかよく分かりません。
さらに、私は、どうしてこの著者が彼らの失敗について全然話していなかったか分かりません。
でも、もしかしたらその著者には大切な理由があったかもしれません。それは、このリストを通して、私たちが神様の恵みを見ることが出来ることです。
私たちがよく失敗し、躓くのに、イエス様のゆえに、神様は私たちの欠点を見逃すことを選びます。むしろ、神様の目には、私たちはイエス様の義に着せられます。
それを考えると、私たちは慰められるでしょう。
多くの場合、私たちは自分の失敗を見ると、自分を責めるでしょう。私たちは神様に信頼しない時、自分の人生をめちゃくちゃにするときを振り返ると、自分に怒ります。
もちろん、その時、私たちは悔い改めなくてはなりません。でも、その失敗によって、失望してはいけません。神様の目には、自分が価値がないと思ってはいけません。
むしろ、神様があなたを見ると、あなたのために死んだ御子を見ることを覚えていましょう。
あなたが何回も失敗しても、神様はその記録を保ちません。むしろ、あなたの罪の記録は消されました。
裁きの日、神様はあなたを責めません。むしろ、神様はあなたを喜んで歓迎します。
どうしてでしょうか。あなたが完全な人だからというわけではありません。むしろ、あなたは完全な方に信頼を寄せました。その方は私たちの罪のために死んで、よみがえられました。
だから、あなたが何度も失敗するかもしれないのに、あなたもいつかその信仰のヒーローのリストに入るかもしれません。
神様はバラクやエフタやギデオンやサムソンを考えたように、あなたを考えるから。つまり、神様はあなたの失敗ではなく、あなたの成功を指すということです。
だからパウロの言葉を覚えていましょう。
ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。(ピリピ3:13-14)
