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ヘブル人への手紙

私たちは何を愛しているのか。何を信頼しているのか。

へブル人への手紙13:5-6

認めざるを得ません。確かに、お金があれば人生はもっと楽になるでしょう。

たとえば、重い病気にかかったときや手術を受けなくてはならないとき、お金があれば治療費を払うことができます。

また、車や家電が壊れた場合でも、すぐに新しいものを買い替えることができます。

さらに、お金があれば、旅行に出かけたり、さまざまな楽しいことを体験したりすることもできます。

しかし、私たちは自分自身に問いかけるべき重要な質問があります。

「私たちは何を愛しているだろうか。」

そして、「私たちは何に信頼を寄せているだろうか。」

この手紙の著者は、私たちにまさにその疑問を投げかけています。

金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。

主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたからです。

ですから、私たちは確信をもって言います。「主は私の助け手。私は恐れない。人が私に何ができるだろうか。」(へブル人への手紙13:5-6)

私たちは何を愛しているでしょうか。お金や、この世のものに執着しているでしょうか。

そうしたものは結局なくなります。たとえそれらを手に入れて一時的に嬉しく感じても、やがて飽きてしまったり、古くなって壊れてしまったりします。だから、私たちは不満に陥るのです。

ある人々はそうした繰り返しを何度も経験し、決して本当の幸せを見つけることができません。

また、他の人々はお金や持ち物に執着するあまり、自分の人生を壊してしまいます。彼らはお金や快楽への過度な愛のゆえに、破産したり、結婚や家族関係を壊したり、健康を損なったりするのです。

だからこそ、神様は私たちに語りかけられます。

「金銭を愛する生活をやめなさい。今与えられているもので満足しなさい。この世のものを追い求めるのをやめなさい。

それらによって、あなたが本当に満ち足りることはありません。私との関係だけが、あなたの心を満たします。

私は決してあなたを見放さず、あなたを見捨てません。

私にあって、あなたは幸せと真の満足を見いだすことができるのです。」

私たちは、問題に直面したとき、何に信頼を寄せるでしょうか。

お金に信頼を置くことは簡単です。実際、お金によって解決できる問題は多くあります。

ところが、世の中には、お金では解決できない問題も数多く存在します。場合によっては、かえってお金が問題を悪化させることさえあります。

けれども、私たちが神様に向かうなら、どんな状況にあっても、神様は私たちを助けることがおできになります。私たちが苦しみの中にあっても、神様は決して私たちを見捨てません。

だからこそ、私たちは確信をもって言うことができるのです。「主は私の助け手。私は恐れない。」

あなたはどうでしょうか。

何を愛しているでしょうか。

何に信頼を寄せているでしょうか。

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