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ヤコブの手紙

開いている心

ヤコブの手紙1:19-25

時々、ヤコブの手紙は少しまとまりがないように感じられます。なぜなら、彼の話は頻繁に飛ぶように思えるからです。けれども、この手紙を読めば読むほど、彼の話の統一性が見えてきます。

一見すると、ヤコブはいきなり格言のようなことを言います。

私の愛する兄弟たち、このことをわきまえていなさい。人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。人の怒りは神の義を実現しないのです。(ヤコブの手紙1:19-20)

もちろん、私たちの人間関係には、その言葉にはさまざまな応用があります。もしその言葉に従えば、私たちの人間関係はもっとスムーズに進むでしょう。

けれども、ヤコブは主に人間関係について話しているのではないと思います。むしろ、彼は私たちの神様との関係について語っているのだと思います。

その言葉を述べる前に、ヤコブは、神様が私たちの試練を通して、私たちを成熟した完全な者へと導くと語りました。つまり、その時、私たちは神様に信頼し、神様の道を歩むことを学ぶのです。

しかし、多くの場合、問題があります。それは、試練の時に、私たちが神様の声を聞くことを拒むことです。むしろ、私たちは神様に怒り、「どうしてその試練を許しているの?」と叫びます。

けれども、ヤコブによれば、神様は真理の言葉をもって私たちを生んでくださいました。私たちが聞いて受け入れた福音によって、神様は私たちを罪から救い、神様の子供としてくださいました。その言葉によって、私たちは次第にイエス様のようになり、最終的に完全な者となります。

だから、ヤコブは私たちにこう言っています。「神様の言葉を聞くことに早くなりなさい。神様に文句を言うことに遅くなりなさい。そして、試練の時、神様に怒ることを遅くしなさい。

神様はご自身の義をあなたの人生に実現したいと望んでおられるが、そのような怒りは神の義を実現しません。」

そして、ヤコブは続けてこう言います。

 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。(21)

簡単に言えば、神様は試練とみ言葉を通して、あなたを清めようとされています。だから、神様があなたに語るとき、その教えに心を開かなければなりません。その言葉は、あなたの試練からだけではなく、問題をもたらすあなたの罪からも救うことができます。

だから、神様の言葉を聞くとき、「分かりました」と言うだけでなく、その言葉に従わなければなりません。

ヤコブはこう言いました。

みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません。

みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で眺める人のようです。眺めても、そこを離れると、自分がどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。

しかし、自由をもたらす完全な律法を一心に見つめて、それから離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならず、実際に行う人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。(22-25)

多くの人々は、神様の律法が私たちの自由を奪うと考えます。彼らは、神様の律法が私たちの人生の楽しみを奪うと考えます。ところが、実際には、神様の言葉は私たちに自由を与えてくださいます。

その律法は、私たちを苦々しい思いや恨みから解放します。

その律法は、結婚や人間関係、そして人生を壊す鎖を断ち切ります。

その律法によって、私たちは神様が計画された充実した人生を歩むことができます。

簡単に言えば、私たちは祝福を知るのです。

あなたはどうですか。試練のゆえに、神様に怒り、苦々しい思いを抱いているでしょうか。それとも、自分の心を神様の言葉に開いているでしょうか。

神様はその試練を通して、あなたを完全な者にしたいと望んでおられます。

神様がささやくとき、あなたは聞いているでしょうか。

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