C.S.・ルイスはこう記しました。
「人々は悪霊について二つの相反する誤解を持っています。ある人々は悪霊の存在を信じません。一方で、悪霊の存在を信じる人々もいますが、悪霊に対して不健康な興味を抱き、過度に思いを巡らせてしまうのです。」
私はもう一つの問題を指摘したいと思います。
ある人々は悪霊たちを過小評価します。
第2章では、ペテロは偽教師について警告しました。その偽教師たちの問題の一つは、彼らが権威を持つ者を認めなかったこと、また、彼らよりも偉大な者たちを敬わなかったことです。
もちろん、彼らは神様の権威や偉大な立場を認めませんでした。また、彼らは使徒たちや教会のリーダーたちを敬いませんでした。しかし、ペテロはさらに言います。
特に、汚れた欲望のまま肉に従って歩み、権威を侮る者たちに対して、主はそうされます。この者たちは厚かましく、わがままで、栄光ある人たちをののしって恐れません。
御使いたちは勢いも力も彼らにまさっているのに、主の御前で彼らをそしって訴えたりしません。
この者たちは、本能に支配されていて、捕らえられ殺されるために生まれてきた、理性のない動物のようです。自分が知りもしないことを悪く言い、動物が滅びるように滅ぼされることになります。(ペテロの手紙第二2:10-12)
「栄光ある人たち」とは、サタンと他の悪霊たちのことです。(彼らは罪に落ちましたが、まだ残っている栄光を持っています。)
ペテロによれば、良い天使たちは人間よりも力を持っているにもかかわらず、神様の前でサタンと悪霊たちを訴えたりしません。サタンと悪霊たちがいつか裁かれることは確かですが、それでも良い天使たちは彼らを訴えることを控えます。
それにもかかわらず、偽教師たちはサタンや悪霊たちを軽んじました。では、彼らはどのようにサタンと悪霊たちを悪く言ったのでしょうか。それは明確には記されていません。
もしかすると、彼らがサタンのしもべとして非難された際に、こう答えたのかもしれません。「サタン?サタンは私を支配しない。私は自分自身の主だ。サタンの顔に唾を吐いてやる。」
しかし、自分よりも力のあるものを軽んじるのは非常に危険なことです。ペテロや他の使徒たちは決してそのようなことをしませんでした。むしろ、ペテロはクリスチャンたちに警告しました。
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。(第一ペテロ5:8)
もし、ライオンを軽んじると、あなたは食べられてしまうかもしれません。
そういうわけで、占い師や星座占い、またほかのオカルト的なものに参加してはいけません。
また、偶像礼拝に参加してはいけません。もちろん、偶像自体は何でもないものです。それでも、その偶像には悪霊との関係があります。
そのため、パウロはこう言いました。
むしろ、彼らが献げる物は、神にではなくて悪霊に献げられている、と言っているのです。私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。(第一コリント10:20)
でも、その反面、私たちにはサタンや悪霊たちに怯える必要がありません。なぜなら、ヨハネはこう言いましたから。
あなたがたのうちにおられる方(つまり、御霊)は、この世にいる者(つまり、サタン)よりも偉大だからです。(第一ヨハネ4:4)
また、ペテロは私たちに訓戒します。
堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。(第一ペテロ5:9)
それでも、サタンを過小評価してはいけません。彼は力強いものです。もちろん、彼はあなたよりも力強いのです。
だからパウロの言葉に従いましょう。
主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。(エペソ6:10-11)
簡単に言うと、サタンを重視しなくてはいけません。サタンを軽んじてはいけません。
むしろ、イエス様と共にいつもいなくてはいけません。イエス様の力によって強められなくてはいけません。そうしてこそ、あなたはサタンに勝利を得ます。
