黙示録の中で、最も頻繁に説教される箇所は、2ー3章かもしれません。なぜなら、それらの章は一番わかりやすく、パウロや他の使徒たちの手紙に似ているからです。
けれども、私たちが覚えておかなければならないことがあります。イエス様が七つの教会にメッセージを与えられたのは、最後の日が迫っているからです。
以前にも申し上げましたが、私たちは終わりの時にすでに入っています。実際、使徒たちの時代から、私たちは終わりの時代に生きてきたのです。(使徒の働き2:16-17;へブル書1:2;第一ヨハネ2:18)
使徒ヨハネは自分の手紙の中でこう述べています。やがて、最後の反キリストが現れます。ところが、それ以前にも、多くの反キリストがすでに現れているのです。ヨハネの時代にも、彼らはすでに活動していました。(第一ヨハネ2:18)
そして、反キリストだけではなく、偽預言者や偽教師も現れます。人を欺く者もおり、欺かれる者もいます。さらに、神様の民は迫害を受けるのです。
だからこそ、神様はこの世を裁かれます。ある裁きは人を通して行われます。つまり、戦争や暴力として現れる裁きです。一方で、自然災害や疫病を通して行われる裁きもあります。黙示録には、こうした裁きについて何度も描かれています。
この世を見つめるとき、私たちはそれらの裁きを識別できるでしょうか。教会の長い歴史の中にも、そして今もなお、私たちはその裁きに気づくことができます。
だから、ヨハネの時代の教会に向けられた神様のメッセージは、現代の教会にも当てはまります。神様は、今の教会にも同じことを語っておられるのです。
昔の教会が自らの反キリストに直面したとき、さまざまな問題を抱えました。そして、私たちも自らの反キリストに直面する時、同じような問題に直面します。
ですから、この手紙のことばは平和な時代のための訓戒ではありません。むしろ、私たちが反キリストに立ち向かうために、イエス様はこのことばを与えられました。また、最後の反キリストに直面するその時のためにも、私たちはこのことばを覚えていなくてはなりません。なぜなら、その時、私たちは多くの苦しみを経験するからです。
だから、これから数日間、この七つの手紙に耳を傾けるとき、そのことを心に刻んでおきましょう。
もしかしたら、あなたは、私たちが最後の反キリストと、その苦しみの時代に直面しないと信じているかもしれません。私もそう信じたいと思いますが、その確信はありません。
たとえそう信じていても、忘れないでください。教会はいつの時代も、反キリストや苦しみの時と向き合ってきました。だから、たとえ最後の反キリストが来る前に神様が私たちを天に引き上げられたとしても、その前に、私たちは別の反キリストや苦しみと直面することになるでしょう。その準備のために、ヨハネはこの手紙を書いたのです。
あなたは備えができているでしょうか。備えるためには、私たちはイエス様のことばに耳を傾けなければなりません。
だからこそ、イエス様のことばを心に刻んでおきましょう。
耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。(黙示録2:7)
