私にとって、詩篇81篇4〜5節は興味深い箇所です。1〜3節でアサフは、「神様に喜び歌え」、「喜び叫べ」、「ほめ歌を歌え」と語っています。
そして、4〜5節でアサフはその理由を示します。神様への賛美は、神様からのおきて、定め、さとしなのです。
神様はイスラエル人をエジプトから救い出されたとき、神様にあって喜ぶように命じられました。
では、なぜ神様はそのように命じられたのでしょうか。それは、イスラエル人が、神様がどのように彼らを救ってくださったかを思い出すためです。
神様は彼らの重荷を除き、奴隷の生活から自由にし、荒野を通って約束の地へと導かれました。
神様は私たちにも喜ぶように命じておられます。なぜなら、神様は私たちの罪の重荷を除き、サタンの国における奴隷の生活から自由にしてくださったからです。
また、神様が私たちと共におられ、私たちを神の永遠の御国に導いてくださっていることを、私たちは喜ぶのです。
それを覚えていることが、なぜ大切なのでしょうか。それは、私たちが神様を信頼し、喜んで従うようになるためです。そして、私たちは神の御言葉に口を大きく開けるようになります。(10節、また、エレミヤ書15:16、エゼキエル書3:1〜3)
私たちはそれをするにつれて、神様の祝福を受けます。(16)
もし、神様が私たちを愛し、祝福したいと願っておられることを覚えていたら、今よりもどれほど私たちは神様を信頼し、従うでしょうか。
もし、神様の救いの御業を思い起こして喜ぶなら、今よりもどれほど私たちは神様の慈しみを覚えているでしょうか。
そういうわけで、聖餐式はとても大切なのです。聖餐式を行うとき、私たちは神様の救いの御業を思い起こし、喜びます。
このコロナのシーズン、多くの教会が聖餐式を行えない状況ですが、私はもう一度、聖餐式によって神様の民と共に、神様の救いの御業を思い起こして喜ぶことを楽しみにしています。
