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伝道者の書のデボーション

私たちの人生はただの一息だから

伝道者の書11章

ソロモンがしばしば言う「空しい」という言葉を読むとき、覚えておいた方がいいのは、その言葉が「一息」、また「一時的」という意味もあるということです。

「一息」はとても一時的なものなので、その言葉は空しさの比喩としてよく使われています。

聖書の中では、命はしばしば一息に例えられます。この地上にある私たちの人生はとても短いのですから。

私たちの人生は不確定要素に満ちています。どんな災いが自分に降りかかるか分かりません。

もちろん、不確定要素のために、私たちは伏線を張ることができます。未来に何が起こるか分からないから、そうするのは賢明なのです。(伝道者の書11:1-6節)

でも、以前も言ったように、私たちは皆、死を避けることができません。

では、その真理を知った上で、どうすればいいでしょうか。

1.神様から与えられた賜物である命を喜びましょう。喜ぶことができる神様の賜物はたくさんありますから。(7-9節)

2.壊れた世界に生きていることを覚えておきましょう。どんなに正しい人でも、悪い時は必ず来ます。(8節b)

3.悪いことも良いことも、この人生にあるすべてがはかないものであることを心に留めておきましょう。

だから、悪いことが起こるとき、それがはかないものであることを覚えておきましょう。私たちの問題は永遠に続くわけではありません。

特に、若い人たちはそれを心に留めておかなくてはなりません。多くの若者は、自分の青春を無駄にしてしまいます。なぜなら、ずっと自分の苦しみにくよくよするからです。(10節)

その反面、良いことが起こったら、喜びましょう。神様に感謝しましょう。でも、良い時もはかないものであり、また悪い時が必ずもう一度来ることを覚えておきましょう。

4.中でも、この地上にある私たちの人生が永遠の準備であることを心に留めておきましょう。そして、ある日、神様が私たち皆を裁かれることを覚えておきましょう。(9節b)

私たちは一時的なものに集中して、たくさんの時間を無駄にすることができます。救えないものに望みを託すこともできます。

だから、そうせずに、神様に向かい、望みを託しましょう。

ダビデと一緒に、こう祈りましょう。

主よ、お知らせください。私の終わり、私の齢がどれだけなのか。私がいかにはかないかを知ることができるように。

ご覧ください。あなたは、私の日数を手幅ほどにされました。あなたの御前では、私の一生はないも同然です。

人はみなしっかり立ってはいても、実に空しいかぎりです。まことに、人は幻のように歩き回り、まことに 空しく立ち騒ぎます。人は蓄えるがだれのものになるのか知りません。

主よ、今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです。(詩篇39:4-7)

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