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創世記のデボーション

定めた時に

創世記18章

たぶん、クリスマスがもうすぐやって来るからかもしれませんが、最近、私はクリスマスのレンズで聖書を読んでいます。

主はアブラハムに言われました。

なぜサラは笑って、「私は本当に子を産めるだろうか。こんなに年をとっているのに」と言うのか。

主にとって不可能なことがあるだろうか。

わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子が生まれている。(創世記18:13ー14)

私はそれを読んで、マリアに対するガブリエルの言葉を思い起こしました。

聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれます。

見なさい。あなたの親類のエリサベツ、あの人もあの年になって男の子を宿しています。不妊と言われていた人なのに、今はもう六か月です。

神にとって不可能なことは何もありません。(ルカ1:35ー37)

そして、ガラテヤ人たちに対するパウロの言葉を思い起こしました。

しかし時が満ちて、神はご自分の御子を、女から生まれた者、律法の下にある者として遣わされました。

それは、律法の下にある者を贖い出すためであり、私たちが子としての身分を受けるためでした。(ガラテヤ4:4ー5)

神様はアブラハムに、「あなたによってすべての国民は祝福される」と約束されました。

サラがイサクを出産したことによって、神様はその約束の成就を始められました。

その時、サラは九十歳で、最初は赤ちゃんを産むのはもう無理だと思っていました。

しかし、イサクを生んだとき、サラの疑いの笑いは喜びの笑いに変わりました。

そして、時が満ちて、神様は処女であるマリアを通して、イエス様を送られました。

たぶん、マリアも少し疑いを持っていたかもしれませんが、最終的にガブリエルの言葉を信じて、イエス様を生みました。

そして、イエス様によって、私たちは神様の子供たちとして喜びます。

そういうわけで、パウロはこう書きました。

そして、あなたがたが子であるので、神は「アバ、父よ」と叫ぶ御子の御霊を、私たちの心に遣わされました。

ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神による相続人です。(ガラテヤ4:6ー7)

だからパウロと共に感謝しましょう。

ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。(第二コリント9:15)

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