あなたはこの地に寄留しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福する。。。
わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしはあなたを祝福し。。。(創世記26:3、24)
アブラハム、イサク、ヤコブはこの世に属しませんでした。彼らは神とその御国に属していました。でも、彼らは寄留者としてこの世に生きるように召されました。(へブル11:13–16)
彼らは周りの人々の生活様式や価値観を取り入れてはいけませんでした。むしろ、彼らはこの世の人々と違い、天の御国の市民として生きるべきでした。
そして、神様が約束されたのは、彼らが外国で寄留者のように生きていても、神様が彼らと共におられ、彼らを祝福してくださるということです。
その約束を心に留めている限り、彼らは神様を喜ばせる人生を送りました。でも、それを忘れたとき、彼らはいろいろなトラブルに巻き込まれました。
アブラハムとイサクはその約束を忘れたとき、隣人を恐れ、自分の妻を妹と呼びました。
ヤコブの場合、神様の約束が自分のためかどうか分からなかったので、神様の祝福を得るために、彼は父と兄を騙しました。
アブラハム、イサク、ヤコブのように、私たちも外国で暮らしている寄留者のようです。(第一ペテロ2:11、ヨハネ17:14–16)
神様が私たちと共におられ、私たちを祝福してくださることを信じていますか。その真理によって、私たちは生活しているでしょうか。
以下のパウロの言葉を少し考えてみましょう。その言葉の意味を噛み締めましょう。
私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。 。。
しかし、このことは、 「目が見たことのないもの、 耳が聞いたことのないもの、 人の心に思い浮かんだことがないものを、 神は、神を愛する者たちに備えてくださった」 と書いてあるとおりでした。(第一コリント2:7、9)
