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創世記のデボーション

神様を後回しにするとき

創世記34章

聖書の中で、これは最も酷い話の一つです。ディナがレイプされたことはもちろん酷かったけれど、そのお兄さんたちの反応も酷かったのです。

でも、ヤコブが一つのことをしていたら、その事変を避けられていたかもしれません。それは、ベテルに行って、神様に対する誓いを果たすことです。(創世記28:18ー22)

ヤコブはもう一日旅していたら、ベテルに着いていたはずですが、そうせずに、シェケムで土地を買い取って、そこに暮らしていました。その間、若い子供たち(33:13ー14)は青年になりました。

もしかしたら、町のとなりに住むのはもっと便利だったかもしれません。また、もしかしたら、ヤコブは「ベテルは近い。ここでも、私の誓いを果たすことができるだろう」と思ったのかもしれません。

でも、実際には、シェケムの事変の後まで、ヤコブはその誓いを果たさなかったようです。(35:1ー4)

どれだけ、私たちは神様をすべてのものよりも優先しないために、悪い状態に入ってしまうでしょうか。

もちろん、神様は私たちにセカンドチャンスを与えてくださる神です。シェケムの事変の後、ヤコブもセカンドチャンスを受けました。

でも、最初から神様に私たちの心を尽くしていれば、私たちはどれだけ苦しみを避けることができるでしょうか。

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